先週の金曜日、鳴り物入りでラスベガスに進出した世界的 IT企業「ウーバー社」(Uber)。
ところがその日のうちに、無許可営業ということで現場の運転手が当局に拘束され業務停止になるという騒動に発展してしまった。
今週は、全世界のタクシー業界のビジネスモデルを根底からくつがえしかねないウーバー社のベガス進出について取り上げてみたい。(上の写真は、タクシー乗り場に並ぶ一般のタクシーで、ウーバーとは無関係)
サンフランシスコ生まれのウーバー社は、タクシー配車サービスに特化したスマートフォン用アプリ Uber を開発した時価総額約2兆円の巨大企業。(未上場ではあるが、現時点での株式の評価額による時価総額は約180億ドルとされている)
価格破壊ならぬ業界破壊を目指す風雲児として知られ、その地におけるタクシー事業の免許を取得しないまま市場参入するなど、業界のルールのみならず法律無視も辞さないことから、世界中のタクシー業界から批難され、そして恐れられている。
法律違反ならば裁判に持ち込めば勝てるわけで、タクシー業界にとって恐れる必要はないようにも思われるが、そうともいえないところが興味深い。
圧倒的な資金力をバックに、既存の勢力やそれをサポートする政治家をもねじ伏せ、法律を変えてしまうだけのパワーをこの会社は持っている。つまりウーバーはロビー活動や法廷論争に注ぎ込める資金が相手のタクシー業界よりもケタ違いに多い。
ちなみに出資者には金融大手のゴールドマン・サックスやグーグルなどそうそうたる顔ぶれが並ぶ。地元のローカル企業が多いタクシー会社に勝算はほとんどないというのが大方の見方だ。
さらにウーバーには資金力よりももっと強い味方がバックについている。それは利用者からの圧倒的な支持だ。そのおかげもあり、創業地サンフランシスコで 2010年に始めたのを皮切りに、すでにシカゴ、ニューヨーク、シアトルなど全米各地に進出。さらに世界45ヶ国の都市でも事業展開しており、利用者からの評価としてはおおむね好評というから将来の見通しは明るい。
もちろんどこの都市でもタクシー業界からの猛反発で裁判沙汰になっていることは言うまでもなく、アメリカのみならずドイツ、ベルギー、イギリスなどでの法廷論争も激しさを増している。
そんな同社にとって今回のラスベガス進出の意味はあまりにも大きい。ラスベガスのタクシー業界は新参企業にとって参入障壁が非常に高く、知る人ぞ知る「世界屈指の規制だらけの閉鎖社会」とされているからだ。
関係者の間では、「ベガスを落とすことができれば全世界での成功が確約されたようなもの」とささやかれるほど、ウーバーにとってこの街は本丸ともいえる究極の攻撃目標であり、それがゆえに今回の騒動に関しては世界中のタクシー業界がその成り行きを固唾を呑んで見守っている。
もちろん業界関係者のみならずラスベガス市民はもとより日本人観光客にとっても無縁ではない。原則としてラスベガスには流しのタクシーが存在しないため(空港やホテルのタクシー乗り場、およびレストランやゴルフ場など、何らかの施設がある場所からしか乗車できない)、郊外の店にショッピングに出かけた際、帰りのタクシーの手配に困った経験がある人も多いのではないか。ウーバーがベガスで利用できるようになれば観光客の利便性は確実に高まるはずだ。
知らない人のためにウーバーの仕組みを簡単に説明しておくと、基本的にはスマートフォンにダウンロードしたアプリを使ってタクシーを呼ぶというシンプルなコンセプトだ。ただしそれだけでは、今までのように電話でタクシーを呼ぶことと大きなちがいはない。(画像は Uber ラスベガス版の実際の画面)
ウーバーの特徴は、スマートフォンのGPS機能を最大限に生かし、顧客のいる場所と車両のいる場所を瞬時に結びつけ、短時間で配車を可能にしている点だ。それでも全自動か手動かというちがいだけで、従来の電話や無線を使って最寄りのタクシーを回送させるシステムと大差ないようにも思える。ところがそうではない。
実はウーバーの最大のセールスポイントは、顧客が車種や運転手など相手を選べることと、その車両や運転手に対して評価できるということ。
つまり顧客は車両を選択し呼び出す際に、運転手の名前も顔写真も車種も確認でき、さらに利用したあと下車の際、車両の状態や装備、さらには運転手の態度までを総合的に判断しながら、自分のスマホに打ち込む形で5段階評価で採点できる。
採点できるということは、される側にとっては快適ではない車両を使うわけにはいかず、また無愛想な態度で接客することもできない。おのずとサービスは良くなる。ちなみにウーバーの運転手として登録するには、車両はもちろんのこと運転手自身も同社が定める基準を満たしていなければならない。
利用者が運転手を評価できるのであれば、その逆もありだ。運転手も利用者を評価できる。酔っ払って乱暴な態度を取ったりした客などに対しては悪い評価が下され、その記録は全ドライバーによって情報共有されるので、次回からは乗車拒否ということにもなりかねない。
利用者はアプリを設定する際にメールアドレスとスマホの電話番号を登録するルールになっているため、一度悪い評価が下されたらアカウントを変えない限り原則としてその記録を消すことができず、結果的に双方が互いの評価を気にしながら品行方正になるという実にうまいカラクリが構築されているのがウーバーだ。
利点はまだある。事前にクレジットカード情報も登録しておくので、支払はすべてクレジットカード決済による全自動処理が原則だ。下車時に金銭の授受がないので双方にとって手間が省け、釣り銭があるないなどでもめることもない。
さらに利用者にとって決定的な利点がある。それはGPS機能により、乗車した区間の走行経路がドライバー、利用者、そしてウーバーの本部にきちんと記録として残るので、遠回りなどの不正走行がなくなるということ。
仮に不正走行があったとしても、走行記録を互いに共有しているので、争議になった際の解決は簡単だ。
ちなみに走行記録はスマホ内にグーグルマップとともに走行経路が、そして乗車時間と走行距離が秒単位、メートル単位で残される。これは、その土地に不慣れな観光客などにとっては非常にありがたい機能のはずだ。
良いことだらけだが、料金はどうか。実は料金に関しては、それぞれの都市によってタクシー料金が異なるので一概にはいえないが、従来のタクシーよりも 10~20% 安いだけで、大幅に安いというわけではなさそうだ。
むしろウーバーのほうがやや高いという都市も少なくないようだが、幸いにもラスベガスの場合、やや安い。(今は暫定運賃で、正確な運賃は、今回の運転手拘束騒動が収まってから改めて発表になるとのこと)
参考までに、ウーバーの運賃の 80% がドライバー側の取り分で、20% はウーバー社側に入る。それがゆえに、会社側としては売上を把握する必要があり、現金取引を禁止にして、支払はすべてクレジットカードという仕組みが採用されている。
さてベガスにおけるウーバーは今後どうなるのか。とりあえず金曜日の開業および営業停止処分を受け、11月6日に公聴会が開かれることになっており、その結果が注目されているわけだが、ウーバー社側はその結果がどうであれ、自社に対する罰金はもちろんのこと、運転手個人に課せられる罰金などもすべて支払い、そのまま営業を続けるとの強硬姿勢を見せている。
ちなみに現在のタクシー業界にとって、空港とホテル間、およびストリップ地区内での稼働が売上全体の約95%を占めており、タクシー会社はそこでの利権を死守できればダメージは少ないと考えているようだ。地元メディアも、「空港とストリップ地区での営業だけは禁止という条件でウーバーの存在が認められることになるのではないか」と読んでいるが、こればかりは公聴会が終わるまでなんともいえない。
もちろん残りの 5% の市場サイズだけではウーバーにとっておもしろくないはずだが、「空港とストリップ地区以外は 5% しか需要がないのではなく、既存のタクシー業界が郊外を積極的に攻めていないだけで需要はもっとある」というのがウーバー側の考えで、実際に今回の参入も郊外限定となることを承知でベガスにやって来たとされている。もともと空港のような場所は需要の発生位置もタクシー乗り場もあらかじめ固定的なものであるため、アプリでタクシーを呼び出すというウーバーの特徴を活かしにくい。
ウーバー側もたくさんのブレーンや人脈を駆使しベガスの事情を徹底的に研究したようで、それがゆえに全米の主要都市では一番最後の参入となったわけだが、その郊外限定でのスタートを現時点で想定内として受け入れても、その先に見据えているのは、やはり空港も含めた全域での営業であることはいうまでもない。つまり今回の地域限定の妥協は、いわゆる「アリのひと穴」をねらっての手始め的な参入で、遅かれ早かれウーバーが既存のタクシー業界のかなりのシェアを侵食することになるであろうというのは IT業界などの共通認識だ。
どこの都市においてもタクシー業界にとってウーバーの存在が死活問題となることは避けられない事実で、利権を死守したいのも理解できる。一方で、車両は清潔かつ快適で運転手の態度もよく、遠回りされる心配もないとなったら利用者から支持されるのも自然の成り行きだ。
デジカメの登場で写真フィルム業界が消滅したり、アマゾンなどネット通販の台頭で書店が淘汰されつつあるのと同様、いつの時代も画期的な技術革新により既存の業界が衰退するのは世の常。また消費者の支持に逆らって既得権を維持することはほとんど不可能に近く、遅かれ早かれ全世界のタクシー業界が劇的に変化することはほぼまちがいないだろう。
ちなみにウーバーにライバルがまったく存在しないわけではない。lyft.com や side.cr といった同種の企業が続々と登場している。特に lyft.com は資金力も豊富でウーバーにとっては気になる存在だ。
ネット業界では、早い者勝ちで一位になった企業が圧倒的かつ独占的にその業種を制覇するといわれている。それがゆえに今ウーバーは巨額をつぎ込んででも他社に先駆け早く事業を拡大させたいところで、満を持して進出したラスベガスで成功すれば、今後の世界展開にはずみがつく。ラスベガスに対する意気込みは半端ではないはずだ。11月6日の公聴会、そしてその後のウーバーと地元タクシー業界との争いの成り行きに注目したい。
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