「大きなニュース」と「小さなニュース」のちがいは何か。
もしそれを発生頻度、つまり「どの程度めずらしい出来事か」で区別するとするならば、今回の話題はまちがいなく「超ビッグニュース」ということになる。なにせ100年に一度、いやラスベガスではこれが最初で最後、今後100年たっても二度と起こらない話題かもしれないからだ。
今週は、一般の読者にとってはおもしろくもなんともない話題と思われるが、ラスベガスとしては大ニュースであるのと、今後当地を訪問する予定の人にとっては、知っておかないと不便を強いられる可能性があるので、市内通話に関する話題をお届けしたい。
ズバリ結論から先に書くならば、5月3日から、今までの方法では市内通話をかけることができなくなる。
つまり、もし手持ちの観光ガイドブックなどに、「ラスベガスでの市内通話では、市外局番 702 はダイヤルしない」と書かれているとするならば、今後はその方法ではつながらない。702 をダイヤルする必要がある。
もちろん本件は、702 を市外局番とするラスベガス一帯における話であって、全米規模の話ではない。くわしく説明すると以下のようになる。
アメリカの電話番号は、702-123-4567 のように3桁-3桁-4桁の合計10桁になっており、最初の3桁が、東京の03 や大阪の06 に相当する市外局番で、それらは各地域ごとに割り振られている。これまでラスベガスの市外局番は702 だった。
ところが、人口の増加や携帯電話などの普及により、702 だけではたりなくなり、6月からは新たに 725 が加わることになった。
ちなみに日本では、東京03 の区域に住む者の携帯電話番号は 03 では始まらず 090 であったりするが、アメリカでは原則として携帯電話も固定電話も同じ市外局番が割り振られるため(つまり、市外局番を見ただけでは、それが固定電話か携帯か区別がつかない)、携帯の普及に伴い 702 はどんどん不足していくことになる。
(参考までに、今回の 725 を追加しても 25年後にはまた不足するという専門家の予測もある一方、携帯の普及に伴い固定電話を解約する人も増えているので、今後は100年たっても不足することはないだろうとの予測もある)
とにかくそのような事情で新市外局番 725 が誕生することになったわけだが、アメリカでは新たな市外局番が追加される際、overlay という方法と、splitting という方法のどちらか一方が採用される。
前者は、単純に新たな市外局番を加える方法、つまり 702 を使ってきた地域全体において 702 も 725 も使えるようにし、新規加入する者に対して 725 を割り振る。
後者は従来の地域を2つに分割、たとえば従来のラスベガスを東西に分けて、東地区では今までの 702 を残し、西地区ではすべて 725 に切り替えてしまうというような方法だ。
どちらにも一長一短がある。前者の overlay 方式の場合、既存の加入者は今までの電話番号を変更する必要が無いため、名刺や広告などの印刷物をそのまま使えるばかりか、知人や取引先に電話番号の変更を伝える必要もない。
その代わり、新規加入者は市外局番が異なるため、「同一地域に2つの市外局番が混在」という不便、たとえば、となりに住む友人に電話をかける際にも市外局番をダイヤルしなければならないという不便が生じる。
後者の splitting の利点と欠点はその逆で、先の例でいうならば、東地区と西地区はそれぞれ異なる市外局番 702 と 725 で区別されることになるため、同一地区内では市外局番をダイヤルする必要がない。
その反面、西地区では名刺などを刷新する必要が生じてしまい、西地区の住民や企業にとっては予期せぬ突然の出費を強いられることになる。
どちらがいいのかという議論に関しての結論は簡単だ。splitting で市外局番が変更されない地域の住民は splitting がいいに決まっており、変更を余儀なくされる地域の住民は splitting は絶対に反対で overlay を希望する。
ようするに overlay はみんなが小さな不便(市内通話でも局番をダイヤルしなければならないという不便)を共有し、splitting はまったく不便が生じない人と、大きな不便を強いられる人に分かれてしまうことになる。
ちなみに、市外局番の新規追加ということ自体は全米各地で何十年も前からひんぱんに起こってきた事象で、これまでは長らく splitting がほとんどだった。というか、90年代まで overlay という発想が無いに等しかった。
ところが近年は overlay が主流になりつつあり、特に法人が多い地域では印刷物などの書き換えの不便を避けるために overlay が人気で、ここラスベガスでも overlay が採用されることになった。
そのようなわけで、5月3日からラスベガスでは、どんなに近い相手に電話をかける場合においても 702 をダイヤルする必要があり、6月からは新市外局番 725 がお目見えすることになる。一般観光客にとっては大した話題ではないかもしれないが、滞在中にレストランなどを予約する際には注意が必要だ。
さてここからは、まったくどうでもいい余談。
「702 が不足するので新たな局番を新設しなければならない」という議論は、じつは 17年前から存在していた。
しかし実際には今回の 725 まで一度も新設されることはなかった。不足しそうで不足しなかったためだが、その最大の原因は固定電話離れ、つまり固定電話を解約する者が予想以上に多かったということ。
ちなみに当局が発表した統計によると、20年前には、ラスベガスのほとんどの家庭が固定電話に加入していたが、2012年には 39% の家庭が固定電話に加入していない。2014年の今はさらに固定電話離れが進んでいるものと思われる。
それはともかく、過去17年間、「新設市外局番は 777 にすべき」という議論がなされてきた。
たしかにスロットマシンに埋もれたカジノ都市ラスベガスらしい番号で、印刷物などの刷り直しの必要に迫られてもカジノホテルなどはこの局番に興味を示してきた。
しかし結局 777 ではなく 725 が採用されてしまったわけだが、そこでだれもが思うのは、「そんな覚えやすい番号が、なぜどこの都市にも使われることなく残っているのか」ということだろう。
実は 20年ほど前までアメリカの市外局番には、電話局側の技術的な理由で、「市外局番は3ケタで、その真ん中の数字は必ず 1 か 0」という明確な規定があった。たとえばニューヨークが 212、ロサンゼルスが 213、サンフランシスコが 415、シアトルが 206、ホノルルが 808、という具合だ。
この規定がある限り 777 は存在し得ない。ところが 1980年代のファックス回線の急増と携帯電話の出現により、この規定に準じた局番を使い切ってしまったのである。(ただし、000 や 111 などの特別な番号は除く)
そのような事情があって、技術的な問題を解決し、長年守ってきたこの規定を撤廃することになったのが 80年代後半。
したがってその直後から各都市が 777 の争奪戦に乗り出したわけだが、結局どこの都市にも割り振られることなく、カジノ都市ラスベガスですら取得できなかった。
その理由は、当局側の「そのような覚えやすい番号は、特定の都市だけが独占的に使うべきではない。今後新たに生まれるかもしれない新サービスなどのためにとっておくべき」という意見に押し切られたからだ。
ちなみに新サービスとは、たとえばフリーダイヤル 888 のような全国的に使えるサービスのことだが、777 に対する具体的な構想があるわけではない。
長くなってしまったが、そのようなわけで、ラスベガスが追い求めていた 777 は実現することなく、幻のままで終わってしまったのである。