どこの国にもバカげた法律、理不尽な規制、不可解な習慣などがあったりする。もちろんアメリカも例外ではない。
それでも他国と比べると総じて少ないように思われる。価値観が異なる多種雑多な民族が一緒に暮らしているためか、多くの人が納得する社会を目指すと、合理性に欠ける法律や古いしきたりなどは存続しにくく、結果的にこの国においては、相手の態度やサービスや非常識さに不愉快な思いをすることはあっても、法律自体にフラストレーションを感じることは意外と少ない。
そんなアメリカでも、こと酒に関しては、理解に苦しむ規制や習慣がたくさん残っている。
市民生活から社会秩序までを劇的に変えてしまった禁酒法時代(1920~1933年)の影響と言われてしまえばそれまでだが、解除されてからすでに 80年が経過していることを考えると、その呪縛から抜け出せていない現実は、まったくこの国らしくない。
ちなみに名詞で「禁止」を意味する「prohibition」の大文字表記「Prohibition」は、それだけで禁酒法や禁酒法の時代を意味するというから、いかにこの法律の存在感が大きいかがうかがえる。
ラスベガスも昔から Sin City(罪の街)と呼ばれるほど、何でもありの自由な街ではあるが、酒類販売などにおいては、今も昔も、他の都市と同じレベルの厳しい規則に縛られている。
そんな中、ラスベガス・ダウンタウン(写真)という地域限定ではあるが、この秋から酒類に関する規制の見直し論が真剣に交わされ始めており、その内容は、日本人の感覚からすると笑ってしまうほどバカバカしい議論ではあるものの、当局や政治家にとってみれば長年のタブーへの挑戦という感覚があるのか、極めて真剣かつ慎重な激論で興味深い。
まずダウンタウンの話に入る前に、もう一度、全米における一般論についてふれておくと、この国のアルコールに対する姿勢はまさに過剰反応というべきレベルにあり、だれもが不便に感じていることでも、改善される気配がまったくないのは不思議だ。
たとえば、州や市によって多少の例外規定などはあるものの、基本的には未成年者の酒類販売は許されていない。その部分だけを聞くと、まともな規制のようにも思えるが、コンビニやスーパーのレジの店員が高校生アルバイトのような未成年者の場合、ビールやワインなどの商品にさわることすら許されておらず、客がそれらをレジに持ち込むと、その場で手が止まってしまい、店内放送などで先輩スタッフを呼ぶことになるという実態を知れば、バカげた習慣であることがわかるはずだ。先輩スタッフが到着するまで何分も待たされ、その間、レジの列はまったく進まず、自分のうしろに行列ができてしまうという光景は、アメリカ在住者ならば何度か遭遇していることだろう。
テレビコマーシャルなどの規制もうるさい。ビールを美味しそうにゴクゴク飲むシーンはご法度で、ビールの缶やボトルそのものが写し出されることはあっても、飲むシーンが放送されることは絶対にない。
美味しそうに見えるとアルコール依存症などが増えてしまうための規制のようだが、ビールメーカーは美味しく見せたいために高い撮影費用をかけてコマーシャル映像を作っているわけで、まったく理解に苦しむ規制だ。
これなどはまさに「酒=アブナイ物」という禁酒法時代から脈々と続く概念がしっかり残っていることの何よりの証拠といってよいだろう。
他にも例はいくらでもある。どんなに大きな立派なレストランでもアルコール類を出していないことがあるが、これなどは観光客も遭遇して知っているのではないか。店でアルコール類を出すためには酒類販売の免許が必要で、その取得がけっこうむずかしかったりする。
公共の屋外での飲酒も多くの場合、厳しく規制されており、公園などはもちろんのこと、真夏のビーチでも全面禁止が一般的だ。日本のような花見などは、もってのほかということになる。
また、運転手はもちろんのこと、助手席や後部座席の同乗者が車内でビールを飲んだりすることも禁止で、これは日本人観光客がレンタカーなどでうっかり犯してしまいやすい交通ルールだ。
上記のような厳しいルールはラスベガスにもあるわけだが、ここからが本題のダウンタウンでの激論。
他の都市と同様、酒類販売には厳格な免許が必要で、ラスベガスの場合、これにカジノの免許も加わる。そしてカジノの免許を取得するためには、経営がしっかりしていない個人企業などの安易な参入を抑制するために、カジノ内には宿泊施設、飲食施設、そしてバーなどの酒場を併設しなければならないというルールがある。(コンビニなどで見られるような、15台までのスロットマシンなどのマシンゲームしか設置が許されていない乙種免許は話が別)
そんな背景もあり、「酒場」と言ってもラスベガスにはカジノ内に存在する酒場と、単独店としてのバーなどの酒場が存在することになり、当局は前者を通称 “Tavern” というカテゴリーの免許、後者を “Tavern-Limited” というカテゴリーの免許で管理している。
そしてもう一つ忘れてはならない存在が、酒類も扱っているコンビニなどの小売店で、これに対しては “Liquor Store” というカテゴリーの免許が発行されることになり、この3者の利害が絡んだ騒動が今回の激論というわけだ。
ちなみにこれら3種類の酒類販売の形態に対して、それぞれ次のようなルールが存在しており、今も昔もかなり厳格に守られている。
◎ Tavern の免許を持ったカジノ内のバーなどで買ったアルコール飲料は、その店の外に持ち出してもかまわない。つまり、店側は顧客に対して、持ち出しを許可することができ、結果的にその顧客は、カジノ内はもちろんのこと、路上で歩行しながら飲んでもよいことになる。
◎ Tavern-Limited の免許を持つ一般のバーなどの酒場で提供されるアルコール飲料は、その店の中で消費されなければならない。店側は、顧客に対して店の外に持ち出して飲むことを許してはならない。
◎ Liquor Store の免許を持つ販売業者は、顧客に販売したアルコール飲料を、その店の中で消費させてはならない。買った顧客は、その店から最低 1000フィート(約305メートル)離れた場所に出るまで消費してはならず、また自分がいる場所から 1000フィート以内に教会、学校、病院、ケアセンター、ホームレスシェルターがある場合も消費してはならない。(ちなみにこのルールを守ると、ダウンタウン地区の繁華街の中では飲める場所がない)
3番目のルールなどは、いかにも飲酒法時代の概念から抜け出せていない呪縛のような内容だが、これらの是非を議論する際、少なくともラスベガスのダウンタウン地区においては、そういった古くからの概念のみならず、ビジネス上の利害が絡んでくることは想像に難くない。
電飾アーケード「フリーモント・エクスペリエンス」というアトラクション付き目抜き通りの限られた範囲内に、カジノ、バー、コンビニがひしめいている環境を考えると当然のことで、コンビニの3倍以上の価格でビールを販売しているカジノ内のバーや一般のバーにとっては、コンビニで買って路上で飲ませたくはないし、一般のバーは店の外でも飲めるようにしたい。
コンビニは、買った顧客がすぐに路上で飲めるようにすれば、バーの客を奪えると考え、カジノのバーは、なにがなんでも「持ち出しOK」を自分たちだけの特権にしたいと既得権にしがみつく。(上の写真は、ダウンタウンのカジノの店頭にあるバー)
そこでこの秋から何が起きているのかというと、これらの規制を緩めようではないかという動きで、観光客が、より簡単に安く繁華街で歩行飲酒を楽しめるようになれば、それだけ多くの人が集まり街は活性化し、ダウンタウンのビジネス全体の利益になるという発想だ。
しかし、総論賛成、各論反対という各陣営のエゴが出てしまい意見がまとまらず、結局、禁酒法時代からの厳格な概念を緩めるということに対するタブーを表向きの理由に、半年間は議論そのものを棚上げにするということで、このたび激論は中断することになってしまった。
多くの州や都市が歩行飲酒を全面禁止していることを考えると、カジノ内で買ったものに限るという限定付きではあるものの現在すでに歩行飲酒を認めているラスベガス・ダウンタウンにおいて、さらに法律を甘くすることは、罪の意識など拒絶反応を示す政治家も多く、一筋縄では行かないようだ。
日本人の感覚では、なにゆえカジノで買ったビールはよくてコンビニのビールはダメなのか、まったく理解に苦しむナンセンスな議論ではあるが、コンビニの店頭でゴクゴク飲むシーンなど、禁酒法時代からのDNAを持つアメリカ人には想像もできないような高いハードルのようで、もし全面解禁になったら画期的な出来事と言ってよいだろう。
そのようなわけで、日本からの観光客にとって関心が高い大晦日のカウントダウンの際のルールはどうなるのかというと、基本的には今まで通りということになり、コンビニで買ったビールを路上で飲むことは引き続き禁止だ。カジノ内のバー、もしくはカジノに面した場所でカジノが関与しているスタンドなどで買うしかない。
ただ、抜け道もあるようだ。現在のラスベガスの法律では、自宅から持参したビールなどをダウンタウンの路上で飲むことまでは禁止されていないので、警察に捕まった場合は、「自宅から持ってきた」と言えば、何もされないらしい。
特に、缶のまま飲むのではなく、プラスティックや紙コップなどの使い捨ての容器に入れて飲んでいれば完璧というのが当地における常識で、それは警察も認めているようだ。ちなみにガラスボトルのビールや、ガラスの容器に入れて飲むことは、安全上の理由から禁止されている。
では、コンビニなどで買った缶ビールを、その缶のまま飲み、「自宅から持ってきた」といってウソがバレた場合はどうなるのか。地元メディアによると、反則キップが切られたりすることはなく、せいぜいその場で「全部ここで捨てろ」と言われる程度で済むらしい。
違法行為を奨励するわけにもいかないので、そんなことをわざわざしてほしくはないが、とにかくラスベガス・ダウンタウンのような場所においては、これまでの古い概念は時代にそぐわないと当局も考えてきているようで、遅かれ早かれ、多少の緩和の方向に向かうという時代背景やトレンドを知った上で、ダウンタウンのカウントダウンを楽しんでいただければ幸いだ。
なお、ストリップ地区のルールはダウンタウンとほぼ同様だが、それを緩めようという動きは現時点ではあまり表面化していない。
したがって原則として、カジノ内もしくはカジノが関与する店で買って飲むことになる。また、歩行者天国の雑踏の中で割れると危険なので、カジノ内で買った場合でも、ガラス製の容器に入った飲料の持ち出しは全面禁止となっているので注意したい。