新春初夢: ベラージオの噴水ショーに日本の楽曲を!

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 ラスベガスで最も有名な無料アトラクションといえば、なんといってもベラージオホテルの噴水ショー。音楽に合わせて水が優雅に踊るそのさまは、だれが見ても美しい。
 しかし、そこで採用されている楽曲は数あれど、日本のものが選ばれたことは一度もない
 それの実現は、初夢にすらも出てこないほど、あり得ないことなのだろうか。

 今週は、観光情報とはまったく関係ない話題で恐縮だが、世界最大級のハイテク業界のコンベンション「CES」コンシューマー・エレクトロニクス・ショー: 1月8日からラスベガスで開催)を前にした新年最初の特別コラムとして、「日本の楽曲のアメリカ進出」について語ってみたい。
 エレクトロニクス業界と少なからず接点がある音楽関連業界からの訪問者も多いと聞く。そんな人たちにぜひ読んで頂ければ幸いだ。

 このたびの NHK紅白歌合戦では、昨年アメリカで高い評価を得た由紀さおりが、ポートランドからの中継で「夜明けのスキャット」を歌った。米国音楽配信サイトのジャズ部門で1位になった実績を評価されての出場のようだ。
 一方、昨年アメリカでは、由紀のはるか上を行く外来ヒット作があった。日本ではあまり話題になっていないようだが、韓国人がクリエイトした「江南スタイル」(カンナムスタイル)だ。動画投稿サイト・ユーチューブでの再生回数が1位となり、大ブームを巻き起こすことに成功したらしい。
(身内などによる集団アクセスなどで作為的にダウンロード回数を増やしたのではないかとの批判もあるようだが)

 それにしても日本の音楽業界はなにをしているのか。江南の成功を指をくわえて見ているだけでいいのか。
 新たに何かをクリエイトする必要などまったくない。日本にはすでに世界で通用するすばらしい楽曲資産がたくさんあるはずだ。
 海外での日本の曲の大ヒットといえば、約半世紀前の「上を向いて歩こう」(奇しくも今回の紅白歌合戦で徳永英明が歌った)ぐらいで、それ以降はほとんどゼロに近い。

 一方、アジア諸国で、違法コピーの音源を通じて広く定着した日本の楽曲は「北国の春」「昴(すばる)」など枚挙にいとまがない。
 その事実は、日本の曲が海外で受け入れられる素地はある、ということの何よりの証拠であり、であるならば、なぜもっと積極的に欧米諸国にも売り込まないのか。アジアよりも違法コピーが少ないぶん、経済的なメリットも欧米のほうが大きいはずだ。

 アジア人と欧米人では感性が異なり、日本の作品をアメリカでヒットさせることはむずかしい、という事情があるのかもしれないが、売り込む努力を本気でしているとは到底思えないのである。

 これまで日本はハード、つまり実体としての商品の製造を得意としており「モノづくり大国」などと言われてきた。たしかに自動車やハイテク製品が日本経済を支えてきたことは疑いのない事実だろう。
 しかし GDP比で見ると、韓国などに比べて製造業の比率は大して高くないらしい。
 むしろ最近は「日本が本当に強いのはハードではなくソフト」と言われるようになってきており、実際に、中国などでのセブンイレブンやベトナムでの佐川急便など、きめ細かなサービスや正確性をウリにした日本のサービス産業が海外で高く評価されている。(セブンイレブンは元々はアメリカの会社だが、今の形態に進化させたのは日本)

 また、たとえば日本が世界に誇ってきた新幹線を見ても、最近はそのハイテクを駆使した車両そのものよりも、1分も狂わない正確な運行や、折り返し駅における短時間での車内清掃システムの質の高さが海外メディアで絶賛されるなど、もはや日本の強みはハードからソフトに移りつつあるといってよい。

 では現時点での日本のソフト産業、とりわけ音楽など著作物関連の輸出入の実態はどうなのかというと、それは目を覆いたくなるほどのさんたんたるものだ。

 フランク・シナトラ、エルビス・プレスリー、マドンナ、マイケル・ジャクソン、レディー・ガガ、日本人のだれもが知るアメリカのスターは無数に存在しているが、日本の歌手の名前を知る一般アメリカ人などまずいない。
 当然のことながらそれらアーティストの作品に対する著作権料の流れは、日本の圧倒的な輸入超過ということになる。

 音楽業界だけではない。スポーツや芸術などの分野でも同様で、またメディアにおける情報の流れもほぼ完全な一方通行だ。恋愛で言えば極端な片思い
 たとえば、日本人選手が活躍している大リーグ野球はまだよいとしても、日本人の参加という意味ではまったく無縁のアメリカンフットボールやプロバスケットボールの試合結果までを、スポーツ新聞のみならず、一般紙やNHKまでもが、なぜか逐一報道している。
 一方、アメリカのメディアが巨人-阪神戦や大相撲の結果を日々報じることなどまずありえない。

 独自の文化がない国、というのは寂しい。他国から認められる文化があってこそ、尊敬される国となり得る。
 では日本には文化がないのかというと、そうでもない。むしろ日本には世界に誇れる独自の文化がたくさんあるというのが一般的な認識だろう。
 事実、寿司ラーメンなど、世界に根付いてきた日本文化はいくつかある。ただ食文化などは貿易額という意味での具体的な実績にはつながりにくい。

 おりもおり、脱原発で天然ガスや原油の輸入が急増し、貿易収支が急激に悪化していると聞く。貿易協定のTPP騒動も賛否両論でなかなか前に進まない。やはり今こそ「稼げる日本文化」がほしい。

 このたびインドで日本の漫画「巨人の星」のテレビ放送が始まるなど、アニメの分野は総じて頑張っているようだが、売り込む側の手っ取り早さという意味では、やはり楽曲のほうが簡単だろう。
 アニメの場合、翻訳を含めたローカライズなどにかなりの費用と時間がかかるが、楽曲ではそういった手間はほぼ無用だ。旋律だけを輸出すればいい。
 ヒットすれば需要層の裾野がアニメよりも広いところも楽曲輸出の魅力だ。なぜこれまで楽曲輸出は、アニメほど注目されて来なかったのか不思議でならない。

 由紀さおりは今回、「バーバラ・ストライザンド・オブ・ジャパン」と称されたほど、その歌唱力が評価されたことはまちがいないが、ヒットした最大の理由は「夜明けのスキャット」「ブルーライトヨコハマ」などの楽曲そのものの旋律であり、そのことは彼女自身も謙遜の意味とは別に、NHKの番組の中で語っている。
 彼女いわく、曲がよければどこの国の言語であろうがタイトルも歌詞もほとんど関係なく国境を超えて受け入れてもらえる、と。事実彼女はすべて日本語でレコーディングして今回のヒットにつなげた。

 大多数のアメリカ人は由紀が歌う歌詞など全く理解していない。もちろんそれは、日本人が海外の楽曲を聴く際にも言えることで、ようするにメロディーなどの旋律がすべてということになるわけだが、この部分において日本は膨大な資産を持っているように思える。日本国内だけに閉じ込めておくにはあまりにももったいない名曲がたくさんあるのではないか。

 一昔前に比べて最近は、覚えやすい旋律の新曲が少なくなってきていると言われている。
 作曲する側にとって、音階の組み合わせがすでに出尽くしてしまったのではないか、といった声も一部では聞かれるが、そんな背景もあってか、過去のヒット作品を歌ういわゆる「カバー曲」という形での新作発表が目立つ。
 前述の徳永英明などもその典型で、それは大いに良いことだ。資産の有効利用という生産側の事情のみならず、無理やり作られた質の悪い新曲を聴かされる消費者側にとっても、そのほうがありがたい。

 ステージでも似たような問題が起こっていると聞く。ここラスベガスにいると、今をときめく人気歌手から、峠を超えた往年のスターまで、さまざまなコンサートの機会に恵まれるが、どのコンサートにおいても、20曲前後披露される曲の中で、聴衆が一番盛り上がるのは、かつて大ヒットした数曲だけということが少なくない。

 結局、多くのコンサートにおいて、新曲に対する客の反応は総じて芳しくないという傾向が見られるわけだが、一度聴いただけで頭の中に残る個性豊かな旋律の曲でないかぎり、新曲不人気はやむを得ないだろう。
 それがゆえに、どのミュージシャンも、良い旋律の曲を欲しがっているといわれているが、そこにこそ日本の楽曲を売り込む余地があるように思える。

 日本の楽曲を海外に売り込むことを考える際、歌詞はもちろんのこと、題名にすらこだわらないほうがよい。
 このたびの「夜明けのスキャット」のように日本の歌詞をそのまま歌うのはよいとしても、それをあえて強引に訳して英語化する必要はなく、もし英語化するのであれば、まったく別の曲、つまりその旋律に対してその国の人が感じる印象に合わせたタイトルと歌詞を新たに設定したほうが理にかなっている。

 「上を向いて歩こう」が、アメリカでは「Sukiyaki」というタイトルでヒットしたことは多くの人が知るところだ。
 そのように題名も歌詞も切り離して旋律だけを輸出産品と考えれば、売り込む曲を選定する際、その曲に対する日本でのイメージを全て捨てることができ、選択肢の幅は無限に広がる。
 極端に言えば、童謡だって校歌だっていいことになる。いや極端ではないかもしれない。
 たとえば童謡の「赤とんぼ」「ふるさと」を、失恋をテーマにしたタイトルと歌詞に書き換えてセリーヌディオンに歌わせれば、それなりの曲に仕上がることだってあり得るかもしれない。すべては想像力だ。

 童謡といえば、日本の音楽史上、最も売れたとされる「およげ! たいやきくん」は、歌詞としては限りなく童謡に近いものの、旋律だけを切り離して考えれば、おとな向けの情緒豊かなバラード調の曲として海外で大ヒットする可能性を秘めているようにも思えてくるが、どうだろう。
 また、今たまたま耳に入って来たので思いついただけだが、リズミカルなテンポの中にもわびさびを感じる「ダンシング・オールナイト」などは、リッキー・マーティンにでも歌わせたら最高の組み合わせになるのではないか。
 さらに、イギリスが生んだ名曲「青い影」で知られるプロコル・ハルムが 11月に発表した松任谷由実の「翳りゆく部屋」の英語版カバー曲をたまたま聴いてみたところ、ベラージオの噴水ショーに非常に合うように思えた。英語版になっているので、すぐにでも売り込めるかもしれない。

 これらは単なる思いつきの一例だが、想像力を働かせれば、海外で通用すると思われる日本の楽曲は、いくらでもありそうな気がしてくる。
 歌詞やタイトルによって出来上がってしまった原曲のイメージを完全に払拭して、旋律だけ売り込む作業は、想像力さえあれば時間も費用も必要とせずに一流の輸出産品を用意することが可能で、ビジネスの効率としては決して悪いものではない。
 また、日本の楽曲を海外に売り込むことに成功すれば、作曲家も大いに喜ぶばかりか、国としても経常収支の改善につながる。

 ところで作曲家といえば、日本では、あまりにもその存在が軽視されすぎてはいないか。
 たとえば、「坂本九の上を向いて歩こう」「いしだあゆみのブルーライトヨコハマ」というように歌手の名前で曲そのもののアイデンティティーを表現することが非常に多いが、本来であれば、「中村八大と永六輔の~」「筒美京平の~」 などとなってしかるべきだろう。

 現状の表現では、あたかも「最初に歌った歌手の所有物」であるかのような印象を与えかねず、若手歌手にとっては先輩歌手の歌に手を出せない雰囲気になってしまっている。
 これは、「オリジナル歌手のバージョンだけが本物で完成度も最高。他人が手を加えるべきではない」といったいわゆる原曲至上主義を助長し、他の歌手によるカバーがはばかられる悪しき習慣だ。
 過度な上下関係の世界にどっぷり浸かった先輩歌手としては、「お前のような若造が歌って、オレの大切な曲のイメージを壊してもらっては困る」とでも言いたいところだろうが、曲の所有者はあくまでも作曲家や作詞家だ。
 彼ら著作権者たちの多くは、できるかぎりたくさんの歌手に歌ってもらいたいと願っているにちがいない。

 このカバー曲が生まれにくい現在の環境は、日本音楽著作権協会(JASRAC)などにとっても利益にならない。JASRAC(独占的なビジネス慣行が問題になったりもしているが)が先導してこの悪しき習慣を変えるべきだろう。
 また、JASRAC には、作曲者や作詞者がもっと尊敬されるような環境づくりにも努力してもらいたい。ただでさえ無断コピーが横行し、収入が減ってきている彼らに対して、せめて名誉だけでも、多くの人に認知してもらえる環境づくりは必要だろう。

 ちなみに余談だが、世界で最もカバー曲の数が多いとされる「イパネマの娘」の作者アントニオ・カルロス・ジョビンの名は、「アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港」という形で、ブラジルの表玄関リオデジャネイロ国際空港の正式名称になっている。作曲者に対する最高の敬意の表現といえるのではないか。

 さて長くなってしまったが、最後に、日本の楽曲を世界でヒットさせるための効果的な方法を考えてみたい。
 やはりそれは、アメリカなどの著名ミュージシャンに売り込むことが最善の方法だろう。そしてそれには、日本公演などの機会を利用することが、最も近道と思われる。
 たとえば、親日家といわれるレディー・ガガなどが日本公演を行う際、それを誘致する興行主や関係者などが、日本の曲を歌ってもらうように売り込み、まずは日本の曲に親しんでもらう。
 ミュージシャン側も日本の観客を喜ばせたいという心理があるため、受け入れてもらえる可能性は決して低くないのではないか。そしてその曲を気に入ってもらえれば、本国でも歌ってもらえる可能性が出てくる。
 もちろんそういった個別のミュージシャンへの売り込みは、興行主など企業単位でやるしかなさそうだが、全体的な旗振り役として、経済産業省などの後押しがあってもいい。
 文化の輸出というレベルの話になるので、音楽業界だけに頼るのではなく、日本全体のプロジェクトとして、すべての関係者が力を合わせ多面的に攻めるべきだ。

 そのような地道な努力を重ね、日本の楽曲が世界にたくさん浸透してくれば、自動車やハイテク機器と並ぶ日本を代表する輸出産品となり、日本が世界一のヒットソング発信地として広く認められるようになるのではないか。
 そこまで実現すれば、いつの日かベラージオの噴水ショーにも採用してもらえる日が必ずしややって来るだろう。単なる初夢で終わらないことを祈りたい。

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