「マッキャラン国際空港」…… どこの都市にある空港か、知っている人はほとんどいないのではないか。
もちろんこのサイトの読者は容易に想像が付くだろうし、ラスベガスを訪れたことがある人は知っているはずだが、世界的にはまったくの無名だ。
言うまでもなく、マッキャランとはラスベガスの表玄関の空港のこと。
今この巨大空港の名称が問題となっており、ここ数ヶ月、テレビや新聞など地元メディアで激論が交わされている。
「空港名から都市名を推測できないのは問題。すぐに改名すべき」という動きだ。
まず、このマッキャラン空港がどれほど巨大か。2010年の統計によると、離着陸回数で全米第8位、世界第9位(世界30位までのリストを表示)、乗降客数では全米第8位、世界第22位だ(世界50位までのリストを表示)。
離着陸回数に比べ乗降客数の世界ランキングが低いのは、国土が広いアメリカの空港では国内線の比率が高く、その航空機材のサイズが比較的小さいためだが、それでも都市の規模からするとラスベガスの世界22位は驚異的で、日本人観光客もよく知るサンフランシスコやシアトルの国際空港よりもマッキャランのほうが上位にランクされていることは、多くの人にとって意外なはずだ。
サンフランシスコのような大都市には複数の空港があり、利用客が分散されやすいという要因もあるが、マッキャランの健闘ぶりは驚きに値するのではないか。
離着陸回数に至ってはさらにすごい。アジアのハブ空港として注目されるソウル、香港、シンガポールなどの新空港は言うにおよばず、マッキャランはあのニューヨーク・JFケネディー空港、ロンドン・ヒースロー空港、パリ・シャルルドゴール空港など、世界に冠たる巨大国際空港をしのいでおり、その事実を知れば知るほど、規模と知名度のギャップの大きさに改めて驚かされる。
そもそも「マッキャラン」とは何か。ずばり、地元ネバダ州選出の元上院議員の名前だ。
議員以外の分野でも広く活躍し、地元に多大なる貢献をした政治家として評価されている。
日本とは異なり、アメリカを含む諸外国では、政治家の名前を道路名など公共施設の名称に採用することは珍しいことではない。
和や集団の合議制を大切にし、特定の人物だけを美化することを嫌う村社会の日本ではあまりなじまないが、政治家の名前を冠した空港は世界中のいたるところで見られる。
前述のJFケネディーやシャルルドゴールなどはまさにその典型だ。近年ワシントン国際空港がロナルド・レーガン国際空港になったことも記憶に新しい。
人名の採用は政治家に限ったことではない。ブラジルの表玄関リオデジャネイロ国際空港は、ボサノバの名曲「イパネマの娘」の作者をたたえアントニオ・カルロス・ジョビン国際空港、ロサンゼルス第2の空港はジョン・ウェイン空港だ。
さように、ラスベガスの空港名がマッキャランになっていること自体は何ら特別なことではないが、いかんせん、今のゼネレーションにとってマッキャラン元議員は古過ぎる人物で存在感がない。
政治家として活躍したのはおもに第二次世界大戦前の期間で、もはや遠い昔の過去の人だ。(上の写真は、同空港の古びた標識の上を飛行するサウスウェスト航空機)
もちろん古い人物はふさわしくない、というわけではない。先述のジョン・F・ケネディーも十分に古いし、イタリアにはガリレオ・ガリレイ国際空港がある。
いくら古くてもそこまで有名になると、市民からの敬意が薄れることもなく、改名など恐れ多くて言い出すことはできないものだが、マッキャランはそうでもないようだ。
ガリレオのように時代を超えて敬意や知名度が継承され続けるほどの人物ではなく、さらに民主党の議員だったということもあってか、リーマンショック以降の不景気に悩むベガスの観光業界からの親近感は薄れ、マッキャランの名前が風化してきていることは事実。
「半世紀以上も名前を使ってあげたんだから、もうそろそろいいでしょう。ご苦労様でした」といった雰囲気が漂い始め、改名派にとっては、“除名” を言い出しやすい環境が整いつつあることはまちがいない。
では、マッキャラン元議員の家族などにはばかることなく、改名を唱え始めたのはだれか。
地元ジャーナリストなど何人かいるが、その急先鋒はラスベガス観光局だ。
「だれにもわからない空港名ではラスベガスを世界に売り込みようがなく、空港の知名度の低さは観光客誘致にマイナスだ」という。彼らが提案する新名称は言うまでもなく「ラスベガス国際空港」だ。
マッキャラン元議員に思い入れのある者は非常に少ないと予想され、だれもがこの提案に賛同し、すんなり改名決定になるかと思いきや、さにあらず。
一番の当事者が反対を唱えた。クラーク郡の空港管理当局だ。クラーク郡とは、ラスベガスが所属する行政単位で、郡は州の下に位置している。
マッキャラン空港はこの郡が管理所有しており、その改名反対理由は費用対効果、つまり改名のために必要な費用に対して集客効果が見えてこないと反論。たしかに道路標識(写真下)や印刷物などの刷新には金がかかる。
郡当局はもちろんのこと、観光局も税金で運営されている役所だ。つまり対決の構図は公務員同士ということになり、「何か仕事をして手柄をあげたい役所」と「給料が変わらないなら、不必要な仕事を増やしたくない役所」のバトルといったところだが、民間サイドはどうか。
最も中心的な当事者となる航空会社や旅行業界は、地元メディアの報道などによると、「どっちでもいい」とのスタンスらしい。
理由は、ニューヨークやロンドンなどと異なり、ラスベガスには空港が一つしかないため(自家用飛行機やグランドキャニオンへ飛ぶ小型飛行機などのためのローカル空港はいくつかあるが、主要空港は一つだけ)、利用者がマッキャランの名前を知っていても知らなくても「ラスベガスの空港」という認識だけで何らトラブルなく予約も搭乗もできているから、とのこと。
また幸いにも、すでに空港の3桁コードが「LAS」になっているため、航空会社側にとって現在のままで十分わかりやすく、仮に名称が変わっても大きなシステム変更の必要はないようで、まさにどっちでもいいようだ。
ということで息巻いているのは観光局だけかというとそうでもなさそうで、商工関係者の中にも、観光局と一緒になって改名を後押しする動きも出てきている。
彼ら改名派は、成功例として、アメリカを代表する大自然の景勝地「イエローストーン国立公園」の近くのローカル空港を取り上げ、反対派の説得に懸命だ。(写真は、ラスベガスを本拠地とし、ナイトショー「ブルーマン」の広告を機体にペイントしているアレジアント・エアの航空機。この航空会社だけは、やや改名派寄りの立場を表明しているとされている)
イエローストーン周辺には大都市がないため、空路でのアクセスの場合、周囲に点在する小さな町のローカル空港を利用するしかなく、そのローカル空港の中のひとつ Bozeman 町の Gallatin Field という空港が、最近 Yellowstone International 空港に名称変更した。すると、周囲のどの町の空港よりも多くの集客に成功したという。
反対派は、イエローストーンの例がそのままラスベガスに当てはまるとは思えない、と反論。結局9月にそれぞれの陣営が費用対効果の具体的な資料を持ち寄り研究会を開くことにし、話が前進するような場合はさらにそのあと公聴会などを重ねて最終決定へのプロセスを経ることになるようだが、改名派にとっては気になることがもう一つある。
それは、ラスベガスから南へ車で約30分ほどの場所に広がる砂漠地帯に新空港を建設する計画だ。この計画はリーマンショックの直前まで、「マッキャランだけでは旅客需要の急増に対応できない」とのことでかなり本格的に議論され実現に近づいていたが、その後の景気低迷による旅客需要の伸び悩みで、「しばらくはマッキャランがパンクすることはない」との結論に達し、頓挫した形になっている。
しかし、もしこの計画の再浮上が今回の改名論議の中で持ち出されると、2つの空港を区別する必要があり、改名派には不利な要因になりかねない。
そのようなこともあり、改名の実現性は全く予測不能な状態だが、ラスベガス大全としては、超長期的なタイムスパンの費用対効果を考えると、今改名しておいても悪くないような気がする。とりあえず9月の話し合いの結果を待ちたい。