ラスベガスを代表する高級大型カジノホテル「ウィン・ラスベガス」(写真上)を舞台に、日米の著名ビジネスマン2人が泥沼の戦いを演じている。
そしてこの戦いには、日米の上場企業2社が関わり、今後の成り行きがその2社の業績や株価に大きく影響を及ぼす可能性があるだけに、米国の経済メディアによる報道合戦も白熱化。
日本の複数のメディアからも、こちらラスベガス大全に問い合わせが寄せられるなど、日本での関心も高まっている。今週はこの騒動について、現時点での状況報告という形でレポートしてみたい。
2人のビジネスマンとは、今日のラスベガスの巨大カジノホテルブームを築いた功労者として「ホテル王」などと称されるスティーブ・ウィン氏と、日本のパチスロ大手メーカー、ユニバーサルエンターテインメント社(旧アルゼ社)の創業者で長者番付などにもしばしば名を連ねる岡田和生氏。
そして日米の2社とは、言うまでもなくウィン・ラスベガスを所有しているウイン・リゾーツ社(Wynn Resorts Limited : 本社 ラスベガス)と、ユニバーサルエンターテインメント社(本社 東京)だ。
なお以下に記載した今回の記事は、日本からの問い合わせに対する情報提供として、ウォールストリート・ジャーナル、ブルームバーグ、ロイター、ラスベガス・リビュージャーナル、さらには各証券会社や金融系シンクタンクの論客によるレポートなどを中心とする米国側での報道内容をもとに、事件の推移や過程を日本語に要約してみたもので、ラスベガス大全が直接関係者に取材してまとめたものではない。
またウィン氏、岡田氏のどちらか一方を支持するものでもなく、あくまでも英語メディアの反応をそのまま要約し、そこに少しの意見や感想を加えたものと考えて頂きたい。
まず始めに、事件の舞台となっている「ウィン・ラスベガス」が建設されるまでの過程を簡単に説明しておきたい。
ウィン氏は1980年代末までにダウンタウン地区のゴールデンナゲットホテルなどの運営で財を成し、1989年、その資金でストリップ地区にミラージュホテルを完成させた。
これが大型カジノホテル・ブームの火付け役となり、その後、ウィン氏自身、トレジャーアイランド、ベラージオなど3000部屋級のカジノホテルを次々とオープンさせることに成功。(上の写真は、ウィン氏が関与した3ホテル。リオスイートホテルから望遠で撮影)
ところが、喜んでいられたのはつかのま、高級絵画の購入など、超高級路線をウリにしていたベラージオの運営に経費をかけすぎたことなどが裏目に出て、当時の運営会社であった Mirage 社の業績と株価はみるみるうちに悪化。
そこに目を付けたのが、ライバル企業である MGMグループの実質的なオーナーで、ウィン氏よりもはるかに財力でまさっていたカーク・カーコリアン氏。
同氏は 2000年、株価が大きく低迷していた Mirage 社を格安で買収することに成功。
結果的に、株主としての発言権を失ったウィン氏は、最高経営責任者の立場を追われ、自身が建設したホテルグループを去ることに。
同年、ウィン氏は、MGMへの売却によって手にしたわずかな資金で、700部屋ほどの小規模な老舗ホテル・デザートインを買収。
ベラージオなどの巨大テーマホテルを手がけてきたウィン氏としては、そのような小規模ホテルの経営で満足できるわけもなく、さらなる高級大型ホテル建設への夢は膨らむばかりだった。
しかしデザートインを爆破解体し、そこに大型ホテルを建てるには資金がたりない。金融機関から低金利で簡単に資金調達できるほど金融市況は甘くなかったため、なんとしてでも、返済の必要がない資本金というカタチでの支援者が不可欠だった。
そこに手を差し伸べたのが、当時パチスロ製造で業績好調だったアルゼ社の岡田氏。
スロットマシンのラスベガスでの展開なども視野に入れながら、当時の換算レートで400億円以上の資金をウィンに拠出。
共に1942年生まれの2人は盟友として力を合わせ、さっそく高級ホテル建設のプロジェクトを立ち上げることに。
その後、株式市場からの資金調達にも成功、2002年にはめでたくウィンリゾーツ社として株式上場を果たし、さらにその3年後の2005年4月、ついにウィン・ラスベガスの開業にこぎつけた。
最高経営責任者兼会長としてホテル名に自分の名前を入れたウィン氏に対して、副会長の岡田氏は自分の名前を冠した高級和食店「OKADA」を正面玄関脇に設けた。
資金調達の部分で大きく貢献した大株主の岡田氏と、長年の経験からホテル経営に長けているウィン氏。
つまり資本と経営でそれぞれが持ち味を発揮しながら2人のコンビは、短期間にウィンリゾーツ社を軌道に乗せ、株式公開時の株価を約10倍にするなど順風満帆な日々が続いた。
その間、2棟目となる新館「アンコール」を完成させ、さらにマカオにも進出。
そのマカオのカジノホテル「ウィン・マカオ」はアジアの好調な経済環境も手伝って、初年度から利益を計上。
リーマンショック時においても、同業他社が倒産もしくは倒産寸前の危機に直面する中、健全な財務内容を維持しながら未曽有の大不況を乗り切った。
ちなみに、岡田氏およびユニバーサル社側から見たウィンリゾーツ社は、日本の会計規則でいうところの持分法適用関連会社になり、ユニバーサル社が米国子会社などを通じて保有している近年の株式比率は約20%。直近の株価で日本円に換算すると約2300億円。
ウィン氏も長らくほぼ同数の株式を所有していたが、長年連れ添った妻と 2009年に離婚した際、保有株式の半分を妻と分け合ったため、離婚後はユニバーサル側が圧倒的な筆頭株主となっている。
ただ、その前妻も株式を保有したまま取締役として残っているため、現在でもウィン氏と前妻を合わせた保有株式数は決して少なくない。
なお、ウィン氏は 2011年、23歳年下の英国籍の女性と再婚しているが、その女性は現時点では資本にも経営にも関わっていないとされる。
盟友の2人による経営はすべてが順調に進んでいるように見えたが、数年前から不仲説がささやかれ始め、そしてついに先月、岡田氏がウィンリゾーツ社を訴えるという騒動に発展してしまった。
各種報道によると、岡田氏側は、ウィン社側の岡田氏に対する内部情報の開示が不十分だと主張。
特に岡田氏が問題にしているのは、ウィン社による巨額の寄附行為に関する件で、岡田氏側の主張によると、ウィン社は昨年7月、マカオ大学との間で向こう10年間で10億香港ドル(約100億円)という巨額の寄付を行う契約を交わしているが、その契約に至った経緯などの詳細を隠匿しているという。
そして岡田氏は、再三にわたり情報の開示を求めたが、ウイン社側はそれら要求をすべて拒否。
もしこの岡田氏側の主張が事実であれば、これほどの巨額の寄付の話が岡田氏の知らない所で進められていたというスキャンダルに発展する可能性があるわけだが、ウィン社側はこれについて「すでに岡田氏側に十分な情報開示をしている」と反論。
岡田氏はユニバーサル社を通じた事実上の筆頭株主であると同時に取締役でもあり、そのような立場にある岡田氏の要求を無視し、巨額の寄付行為の詳細を開示していないとなると、だれの目にも岡田氏側の主張が正しいように見える。
事実、証券取引の当局である米証券取引委員会(SEC)も、ウィン社側の対応を問題視しており、情報開示を同社に求めたとしている。そのようなわけで、ウィン社側が情報を開示し、争いは終わるかのように見えた。
ところが話は別の方向に進み、泥沼の戦いとなりつつある。
ウィン社側によると「岡田氏は当社の取締役であるにもかかわらず、独自の資金を利用しフィリピンにカジノホテルを建設し始めた。この行為は取締役として不適切」と、岡田氏側の行為にこそ問題があると逆襲。
ちなみにウィン社はマカオでもカジノホテルを運営しているため、近隣地域フィリピンでの岡田氏のカジノホテルはライバル関係になりかねないのも事実で、ウィン社側としては楽しい話ではないことは想像に難くない。
そして先週、ついにウィン社側は「岡田氏は、フィリピンでのカジノ建設に際して、フィリピン当局の要人に 11万米ドルの賄賂を贈った。元FBIスタッフを使った独自の調査により証拠をつかんでいる」とし、違法行為をした者はカジノ経営にたずさわることができないとする米国側のルールを理由に、取締役会(岡田氏は欠席)を開き岡田氏に対する辞任要求を議決。
さらに、岡田氏が保有する全株式を、市場価格の約3割引で強制的に買い取ることも決めた。そしてその買取価格の支払いは、10年に渡る分割でおこなうというので市場関係者を驚かせた。
一方的で過激すぎるとも思える行為だが、ウィン社側は「法律で禁じられている行為をした者がカジノ経営に携わっていることは、ネバダ州の法律にふれ、カジノ運営免許の維持に重大な問題が生じるため、辞任要求や株式のはく奪はやむを得ない措置」と主張。
岡田氏側は、当然のことながらこれらウィン社側の行動に対して全面対決の姿勢を表明。
結局、今後長い時間をかけて法廷で争われることになるわけだが、株主総会の下に位置づけられる取締役会という議決機関において、筆頭株主の取締役が不在のまま、その取締役に関連する決議が一方的に成立してしまうことに対しては専門家の間でも疑問が出ているばかりか、市場原理を崇拝するアメリカにおいて一方的に価格を決めた株式取引が法的に認められるかどうか、ウイン社側の対応を疑問視する声は少なくない。
また、互いが指摘し合っている不明朗な行為に関わる金額が、10億香港ドル(約100億円)に対して11万米ドル(約900万円)と、1000倍以上の開きがあることなども、一般人の心証としては違和感があるのも事実で、そのへんもウィン側にとっては分が悪そうだ。
そもそも 10億香港ドルはウィン社の公金、11万米ドルはウィン社とは関係ない岡田氏個人が用意した金で、ことの重要性がまったく異なるとの指摘もある。
その一方で、岡田氏のフィリピンでのライバルホテルの建設は取締役として背任行為と見なされかねず、また規則を杓子定規に解釈すると、フィリピンへの賄賂を論拠とする取締役の解任および株式の強制買取がすんなり正当化される可能性もあり、両者のバトルの行方は予断を許さない状況となっている。
ちなみにフィリピン政府は本件に関して、「岡田氏側から受けたものは常識の範囲内の接待であって賄賂に相当するたぐいのものではない」とし、彼らの立場を考えれば当然の対応ではあるが、早々と岡田氏側を支持する姿勢を明らかにしている。
アメリカ側で連日報道されている膨大な量の論説を精査すると、数的にはウィン社側を支持する論調が目立つ。
また、そういった意見に同調する者が多いのか、株式市場の反応もウィン社側有利と見ているようで、強制買取は発行株式数の減少につながり需給バランス的には好材料となることから、祝日明けの 21日火曜日のナスダック市場でのウィン社の株価は前日比 6%も急騰している。
一方、20日の日本市場では、ユニバーサル社が保有するウィン社株の帳簿上の評価額が一方的に3割減らされる可能性があることを嫌気して、ユニバーサル社の株価はストップ安を記録。
ただ、ニュースの詳細が日本でも明らかになるにつれ、裁判ではユニバーサル有利と見る向きも増えてきているのか、21日の取引は落ち着いた値動きで、さらに 22日は大幅な上昇に転じている。
経済メディアのそれぞれの論客にはさまざまな意見があって当然で、感情論も含めて議論を尽くすことは大いにけっこうなことだが、ここアメリカは法治国家。
司法の場においては、あくまでも法律と照らし合わせた合理性だけで判断してもらうことを切に願うばかりだ。
トヨタの欠陥車両問題(結局、欠陥は見当たらなかった)のときのような、法律や理論よりも感情論が先行したようなカタチでこの問題が処理されることだけはなんとしてでも避けたいところで、もし岡田氏側に確固たる合理的な反論があるのであれば、トヨタの社長のごとく、堂々とアメリカの公の場で主張を通してもらいたい。
そのためには、日本の公的機関、たとえば金融庁管轄の証券取引等監視委員会、経済産業省、外務省なども、本件によって国益を損なうことのないよう、必要であればしかるべき行動をおこし、公正な裁判が行われる環境の整備に尽力すべきだろう。
日本国内でのカジノ解禁論などもささやかれている昨今、本件は対岸の火事のような案件ではなく、重要な日米間の通商問題であることを忘れてはならない。
ところで今回の争いの本当の理由や原因は別のところにあるのだろうか。ひょっとすると、表面には出したくない当事者にしかわからない確執のようなものが争いの根底に存在しているのかもしれない。
また、ウィン氏も岡田氏も、過去の経歴や行動や人脈などにおいて、お互いにたたけばホコリが出るような状況にある可能性もある。
しかし仮にそうだったとしても、そういった部分を掘り起こしての泥沼の戦いだけは本人たちにとってはもちろんのこと、きちんとした法律を制定し健全業界を標榜するネバダ州や今日のカジノ業界にとってもプラスにならないので避けてほしいところだ。
100億円の寄付に対して、900万円の賄賂行為を持ち出して対抗するあたりは、なにやら互いの過去を掘り返して、さらなる泥仕合に発展しそうな気がしないでもないが、それは愚かな行為だろう。
もちろんグレーな部分には蓋をしたほうがいいということではない。とりあえずすでに規則も実態も健全な業界が構築されているとされる現状において、ささいなうしろ向きなことで業界の発展を遅らせるようなことはあまり好ましいことではないという意味だ。
したがって法廷では、単純にマカオ大学の寄付に関する情報開示の問題とその寄附行為の是非、そしてフィリピンでの11万ドル接待の是非に関してだけで争うことが互いに望ましい。
win-win の結果は無理にせよ、業界全体を含めた lose-lose の結果だけはなんとしてでも避けたい。それはラスベガスにとって不幸な結果を招くからだ。
いずれにせよ、金額の大小は別にして、マカオとフィリピンの利権に絡んだ不透明な資金の移動が今回の争議の原点にあることは、カジノ業界、とりわけアジアにおけるビジネス環境の未成熟さを象徴する出来事といってよく、業界全体に対する世間一般の心証は決していいものではない。
また、日本のオリンパス事件と同様、ウィン社は上場企業であるため、情報開示や企業コンプライアンスにおいて高いレベルが求められており、このようなスキャンダルはカジノ業界全体に対するイメージダウンにつながりかねないのも事実。
法廷でどちらが勝つことになるにせよ、上場企業として恥ずかしくない情報開示と、だれもが納得できるかたちでの決着、そしてなにより業界全体のさらなる清浄化を切に祈るばかりだ。
最後に、ホテルの開業以来7年間営業を続けてきた和食レストラン「OKADA」は今月始め静かに店を閉じた。
この閉店は数カ月前から決まっていたことで、ベテラン従業員の高給のリセットや改装が目的とされるが(ネバダ州の規則では、一定期間以上閉店する場合は、従業員は一時待機ではなく、一度全員が解雇扱いとなり、経営側は営業再開時に全員を新人として採用できるため、給料を1年目の水準にリセット可能)、昨年から始まった一連の騒動が閉店の本当の理由との噂もある。改装工事のあと、5月ごろに営業再開とされているが、店名は変わる予定だ。
また、岡田氏やレストラン OKADA に関する記述を一掃するためか、7年間一度もデザインを変えていなかったウィンラスベガスのウェブサイトのデザインもこのたび一新された。
岡田氏陣営にとってはなんとも寂しい思いだろうが、法廷やメディアという現場から離れた場所だけでなく、実際の現場においてもさっそく「岡田色の一掃」という変化が見られることは、ウィン側の確固たる自信の表れということだろうか。
それにしても、もし法廷で岡田氏側が勝った場合、取締役としての岡田氏の処遇、さらには強制買取した株式への対応などがどのようになるのか、大いに気になるところだ。