今週はラスベガスでクリスマス・イルミネーションを期待してはいけない、クリスマスらしさを楽しめるのはベラージオ・ホテルの室内植物園ぐらいしかない、という話。
「クリスマスらしい夜景のベストスポットは?」、「ラスベガス大通りの電飾は、いつから始まる? もう始まっている?」、「一番大きなクリスマスツリーは?」
毎年この時期になると読者からこういった問い合わせが寄せられる。
ただでさえ、きらめくネオンサインで有名なラスベガス大通りの夜景。この時期に華やかなクリスマス・イルミネーションを期待してしまうのも無理はない。
しかし現実は期待に反しているのが実情で、クリスマスらしい場所は地元民が住む郊外にこそ存在しているものの、ホテル街から観光客が徒歩で行けるような場所には思ったほどは存在しないと考えるべきだろう。
ちなみに上の写真(シーザーズパレスの前庭に飾られたツリー)は 11年前のもので、下のベネチアン・ホテルのツリーの写真は 6年前のもの。今はどちらのホテルにもこのようなツリーはない。
なぜそんなことになってしまったのか。先般の乱射事件で多数の犠牲者が出たことによる自粛とかではない。経費の節約でもない。
理由は、簡単に言ってしまえば 宗教への中立性に対する過度の反応といったところで、ようするに世界中からさまざまな宗教の人たちが集まる公共の場所において、キリスト教の文化を派手に演出することへの遠慮のようなものだ。
これには賛否両論あることは言うまでもないが、近年のアメリカでは「公共の場で特定宗教の行事をおこなうのはいかがなものか」といった考え方が広まりつつあることは間違いないところで、その結果、街の中に漂うクリスマスらしさは年々失われてきている。(一般の家庭レベルではその限りではなく、住宅地などでは昔ながらの派手な装飾を見ることができる)
このままでは公共の場所からクリスマスという文化や風物詩が消滅しかねない状況だが、存続が危ぶまれているのはクリスマス装飾など街の景観だけではない。「メリー・クリスマス」という言葉も死語になりつつある。
もちろん家庭内や友だち同士の間ではまだ使われているが、少なくとも企業間などで取り交わされるクリスマス・カードの中からはほぼ姿を消した。
そもそも「クリスマス・カード」という呼び方自体、企業や役所などでは奨励されていない。
理由はもちろん取引先や顧客、さらには職場内にもいるかもしれない他の宗教の信者たちに対する配慮で、たとえばイスラム教の人に「メリー・クリスマス」と書いたクリスマス・カードを送ることは失礼とされている。
もし、いまだに「クリスマス」という言葉を使っている企業が存在しているとしたら、その企業は時代遅れか、確固たる信念を持っているかのどちらかだろう。
さようにアメリカ社会からクリスマス文化が消えつつあるわけだが、クリスマスという言葉に代わって登場してきたのが「ホリデー」という言葉だ。
これはすでに広く定着しており、たとえばクリスマス・シーズンはホリデー・シーズン、クリスマス・セールはホリデー・セール、メリー・クリスマスはハッピー・ホリデーズという言葉に置き換わっている。
なぜホリデーか。それは 11月の第4木曜日のサンクスギビング・デー、12月25日のクリスマス・デー、1月1日のニューイヤーズ・デーは祝日で、日本とちがって祝日が少ないアメリカにおいては、この時期は本当にホリデーシーズンだからだ。
そんなアメリカのトレンドとは逆に、日本では 「キリスト教国でもないのにどうしたことか」と思われるほど年々クリスマスが派手になってきている。
もちろん日本にもキリスト教信者はたくさんいるが、大企業や役所などの公共機関までもが率先してクリスマスを盛り上げているのは、いささか滑稽だ。
大企業などが商業目的でクリスマスを利用するのはわからないでもないが、公共機関が公費でやるとしたら、それはクリスマス・イルミネーションではなく、新年に向けた門松や松飾りが筋だろう。
両国のこのような事態の背景には「文化的行事」と「宗教行事」のバランス感覚の欠如があるのではないか。
つまりアメリカは宗教行事という部分にこだわりすぎるがために法律論争になりがちで、結果的に裁判に負けたりするのを恐れるあまり、文化的行事としてのクリスマスまでを葬ってしまう傾向にあるように思える。
実際にかつてシアトル空港に飾られていた巨大ツリーが公共の場所における特定宗教の是非という法律論争になったことがあるが、この種の問題は法律や理論での論争は似合わない。
「豆がもったいない」、「目に当たるとあぶない」と言って日本から節分の豆まきの文化を消し去ってしまっては味気ないのと同じで、ここはあまり固く考えずにクリスマスという伝統文化を楽しむべきではないか。
キリスト教徒がマジョリティーであるならば、たとえ公共の場所でも「常識の範囲内での文化の保存」という価値観はあってもいいように思える。他宗教の者は静観していればいいだけのことだ。
逆に日本は宗教行事であることを完全に無視し、単なるイベントとして暴走しているように思えてならない。アメリカ人からみれば滑稽なことで、不愉快には思わないにしても敬意を持って受け止めることはないだろう。
それは逆の立場を考えてみればある程度想像がつく。たとえば日本のお盆の宗教行事とされる大文字焼きをアメリカ人が遊び半分でマネし、全米各地の山で大文字焼きをやるようになったら多くの日本人は滑稽に思うはずだ。
日本では東京の表参道に代表されるような大規模なイルミネーションが全国各地に続々と登場している。
「宗教行事ではなく単なる装飾」と割り切れば、それはそれでよいのかもしれないが、現状を放置しておけば遅かれ早かれクリスマスが正月を駆逐してしまうことは間違いないところで、それは多くの日本人にとって歓迎しがたい由々しき問題だろう。
その傾向は至る所で見られ、たとえば幼稚園や保育園などではクリスマスツリーを作ったり飾ったりすることはあっても、松飾りなど正月のことにはあまり深くかかわらないところが増えてきているという。
一般企業やレストランや小売店などでもクリスマスツリーを飾ることはあっても門松は飾らないところが多いらしい。
そんな背景もあってか、「門松を見たことがない」という若者が増え、さらにひどいことに門松を「かどまつ」と読めない若者も少なくないというから事態は深刻だ。
そこまで正月が軽視されてくると、もはや若いゼネレーションが伝統文化を守ることはむずかしく、すでに「おせち料理の作り方は知らないが、バレンタインデーのチョコは手づくり」というのも普通のことのようで、このままでは正月のみならず、秋の風物詩の十五夜がハロウィンに駆逐される日もそう遠くはなさそうだ。
他国の文化も自国の文化に取り入れてしまうところが日本の文化の良い部分だとすれば(実際に昔から大陸文化を多く取り入れてきている)、昨今の傾向もやむをえないのかもしれないが、もともとの日本古来の文化が消えてしまうことはやはり寂しい。
また他国の文化と言っても食文化などならいざ知らず、宗教文化をイベント的なものにしてしまうのはいかがなものか。外国からの訪問者が日本の官民あげてのクリスマスイルミネーションの競演を見たらどのように感じるのか非常に気になるところだ。
さらにあえて言えば、他国の文化が好きなように見えても欧米文化ばかり、とりわけアメリカ文化に偏りがちで、イスラム諸国の宗教行事など(たとえば断食のラマダン)が日本で流行する兆しは見えてこない。
さように欧米文化の取り入れは得意とするところだが、変化した形で取り入れられてしまうことも少なくないようだ。
日本におけるクリスマスは「恋人と一緒にすごす日」といったロマンチックなイメージが定着しているようだが、アメリカでは「家族と一緒」が一般的な概念で、そもそも日付も日米では異なる。日本は24日がメインで翌日の25日はごく普通の日だが、アメリカでは24日までは普通の日で、25日は神聖な日として街中が静まりかえる。
もっとも、日本ばかりが欧米文化の「輸入改造」を得意としているわけではなく、「クリスマスのイベント化」は中国や韓国でも多かれ少なかれ見られる傾向のようだ。それでも自国文化の軽視は日本ほどひどくないように思えるが、いかがだろう。
さて、誤解があるといけないのでくどいようだがあえて最後に補足しておくと、アメリカにおけるクリスマス文化の縮小傾向はあくまでも公共的な部分が強い場所での話であり、個人や家庭レベルではクリスマスカード、クリスマスツリーはもちろんのこと、自宅の装飾ライティングなども従来通りに行われている。また公共の場所でも、各ホテルなどが常識の範囲内のクリスマスツリーを飾る程度のことは今まで通りと考えてよい。
そして早くも「揺り戻し的な反動」が現れ始めている。つまり伝統文化を守ろうとする勢力の発言力や存在感が増してきているということ。
とりわけ共和党のトランプ氏が大統領になってからはその傾向が強まっているように見受けられ、ラスベガスに派手なイルミネーションが戻る日もそう遠くないかもしれない。来年のクリスマスに期待したい。
話が長くなってしまったが、とにかく派手なクリスマス・ツリーやイルミネーションは、もはや日本のほうがはるかにレベルが高い。日本のテレビなどで報道されるアメリカのクリスマス・ツリーの点灯式(特にニューヨークのツリーが有名)などは例外とは言わないまでも、それほど多いものではない。この時期のラスベガスの電飾に大きな期待はしないほうがよい。
冒頭でもふれた通り、ホテル街における徒歩圏内で唯一クリスマスらしき雰囲気を楽しめる場所は、ベラージオ・ホテルの人気アトラクション「Conservatory & Botanical Gardens」(室内植物園)で、以下がその写真だ。