ラスベガスで最大勢力を誇るMGM系列のホテル 12軒が、 “歴史的な大変革” ともいえる駐車場の有料化の方針を 2016年1月に発表してから半年、そしてその有料化を6月に実行に移してから1ヶ月。
発表直後から非常に不評で、さまざまな方面から非難が噴出していたこともあり、方針撤回もあるのではないかと見られていたこの有料化。1ヶ月が経過した今、どうなっているのか。現在の状況をレポートしてみたい。
「駐車場は無料ですので、どうぞ駐車料金のことなど気にせず、当カジノでゆっくり遊んでいってください」— これがラスベガスのストリップ地区が誕生して以来、70年以上続く常識だった。地元メディアなどでは、これをラスベガスの long-standing tradition と呼んでいる。まさに長期に渡るラスベガスの伝統だ。(上の写真はモンテカルロ・ホテルの巨大な駐車場)
実際に各カジノホテルは何千台もの駐車スペースを用意し、宿泊客であろうがなかろうが、万人にすべて無料で開放してきた。(写真はニューヨークニューヨーク・ホテルの駐車場)
どんなに混んでいる日でも、満車で駐車できないなどといったことは、まずあり得ない。2日でも3日でも駐車してかまわない。なんとも太っ腹なラスベガス流のおもてなしだ。
利用者にとってはもちろんのこと、ホテル側もこれに対して特に疑問に思うことなく、これを良しとしてきた。わずか数ドルの駐車料金を取ることにより、大金を落としていってくれるギャンブラーを競合ホテルに奪われてしまったのでは意味が無いので、ホテル側としては当然の戦略だろう。
(なお、広大な砂漠の中に立地するストリップ地区とは異なり、せまいダウンタウン地区のホテルでは十分な駐車施設を確保することがむずかしいため、わずかな料金ではあるものの、かなり前から有料化されてきた。それでもダウンタウン地区の経済規模はストリップ地区の 10分の1 しかないので、ストリップ地区の方針がラスベガス全体の常識として広く世界に知れ渡っている)
そんな長年のラスベガスの常識をくつがえすことになった今回の大変革。不満を持つ利用者からはもちろんのこと、業界関係者などからも大いに注目されている。
なぜなら、ラスベガス全体の観光客の約3分の1は、巨大都市ロサンゼルスおよびその周辺地区からの来訪者で、その大半は飛行機ではなく自家用車を4~5時間運転してやって来るからだ。
つまり彼らにとって駐車場は重要なアメニティーであり、それが有料化されるとなると、観光客の減少につながりかねない。
MGM系列のホテルだけが有料にしている間は、他のライバルホテルに客が流れるだけなので大きな影響はないが、他のホテルも追随した場合、ラスベガス全体のイメージが低下し、ロサンゼルス周辺にはカジノ解禁地区が点在しているだけに、そちらに客が流れる可能性がある。
一方、まったく逆の発想で、プラスの部分を期待する声がないわけではない。ラスベガス全体の利益の底上げに対する期待だ。
今回の有料化に関してだれよりも心配しているのは、客から総スカンを食らってビジネスを失いかねないMGM社自身であることはいうまでもないが、同社は心配と同時に、駐車料収入による増益も期待している。
この心配と期待のバランス、増益になる可能性のほうが高いと判断したから有料化に踏み切ったわけだが、他のホテルも追随した場合、ラスベガス全体の収入が増えることになり、ロサンゼルス周辺のカジノに客を奪われる分を差し引いてもラスベガス経済にとってプラスになると予測する業界関係者も少なくない。
そもそもMGM社は、自分たちだけが駐車料収入の恩恵を受けることよりも、他社にも有料化してもらいたいと思っているし、そうなるだろうと先を読んで有料化に踏み切ったとされている。
もちろん有料化は、利用客から悪玉扱いされ、客が一時的に他に流れてしまうことは避けられない。ましてや悪評が簡単に広がりやすい昨今のネット社会のこと、普通ならそんな危険な戦略は取れるはずもないのだが、MGM社の場合、必ずしもそうではない。上のストリップ地区の地図を見ればわかるとおり、圧倒的な勢力を誇っているからだ。
ホテルの数だけではなく、一軒あたりの客室数でもライバルのシーザーズ社を大きく上回っているので、この地図から感じられる以上に、実際のMGM社の勢力は絶大だ。
有料化により、仮に客が他社に流れたとしても、キャパシティー的にそのすべてを他社が受け入れられないことはわかっているので、少々過激な戦略に打って出ても、同社にとってはあまり怖くない。利用者側から見たら、独占や寡占の弊害といってよいだろう。
ちなみにMGM社には「前科」ともいえる前例がある。悪名高き リゾートフィー の導入のときだ。(リゾートフィーに関しては、このラスベガス大全の基本情報セクション内の[予備知識]の項に詳細説明あり)
最初に導入したMGM社が、シーザーズ社をはじめとするライバルホテルからさんざんたたかれ、悪玉に祭り上げられたものの、結局はなんてことはない、最終的にはライバルたちもリゾートフィーを導入してしまったのである。
そのようなわけで、今回の駐車場の有料化に関しても、「MGM社は顧客を大きく失い利益にならないことに気づき、有料化を撤回するはずだ」という意見と、「他社も駐車料収入のメリットに気づき、リゾートフィーのときと同様、みんなでやれば怖くないとばかりに追随することになるだろう」という2つの推測が入り混じっているわけだが、導入後 1ヶ月を経過した現時点では、撤回しそうだとの噂は入ってきていない。
したがって、現場の状況としては、当初の発表と大きく変わることなく、1時間以内は無料、1時間を超えてから4時間まで $7($5)、4時間以上 24時間まで $10($8) という料金設定で現場は運営されている。
(カッコ内の料金は、モンテカルロ、エクスカリバー、ルクソールの場合。上の地図内で青の中に白丸を入れてあるサーカスサーカスと MGMシグネチャーは、現時点では今までどおり無料のままで、有料化の対象にはなっていない)
なお、ネバダ州の運転免許証を持つ地元民は、それを提示することにより、12月29日までは全面的に無料、また MGM社の顧客優待プログラム「M Life」(航空会社のマイレージプログラムのようなもの)で、Pearl、Gold、Platinum、Noir の上級ステータスを維持しているメンバーは 12月29日以降も全面的に無料という内容も、当初発表されたときのままで方針に変更はない。
(ここまでに記載してきた内容はすべて自分で駐車するセルフパーキングに関するものであり、現場スタッフにキーを渡して乗り捨てるバレーパーキングのものではない。バレーパーキングに関しては、まったく別の料金体系になっているので要注意。また、駐車場需要の急増が予想される T-Mobile アリーナで大きなイベントが開催される日におけるモンテカルロやニューヨークニューヨークの料金体系は、セルフパーキングであってもこの限りではない)
はたしてこのまま有料化が定着して長年続いてきたラスベガスの伝統が消え去るのか、それともMGMが方針撤回をするのか。(写真は、モンテカルロの駐車場の入口に新たに設置されたゲートの不具合を調整する同ホテルのマネージャー Jeff さん(写真に向かって左)と、MGM社から駐車場の管理を委託されている SP+ Corp 社のスタッフ Michael さん)
それはすべてその収益の結果次第と考えるべきだが、現時点では、経費がかかりすぎていて、顧客流失の損をカバーしきれていないように見受けられる。
というのも、「完全に無料」というラスベガスの常識を信じ切った利用客が多いのか、駐車場の入口のゲートの前で戸惑い、「やっぱり有料なら駐車しない」という者があとを絶たず、しばらくは現場の管理を無人化できそうもないからだ。Jeff さんいわく、そのような者が毎日何人もいるとのこと。
そのような者がいた場合、後続の車両が列をなしてしまいバックできないことが多いため、現場スタッフ(写真内のオレンジ色のシャツを着た者)が誘導したりしなければならず、24時間、複数の人材を現場に立ち会わせておく必要がある。
人材が必要なのは駐車場に入るときだけではない。出るときも同様だ。人気のナイトショーなどが終わった直後の時間帯は、膨大な数の車両が一斉に駐車場から出て行くことになるため、ゲートの数を増やし、なおかつ駐車券やクレジットカードを機械に挿入する方法の説明など、料金の精算をスムーズに行えるようにする必要があり、それができないと大渋滞になってしまう。現時点では、完全無人化はむずかしい状況だ。
「駐車場が無料なのはラスベガスの常識」、これを言い換えると、「有料は非常識」ということになり、結果的に非常識なことをやると利用者は現場で戸惑い無人化はむずかしいという理論も正しいように思えてくる。膨大な経費に耐えられず、このままでは MGMの撤回もあり得るのかもしれない。
しかし世界に目を向けると 「無料が非常識」、つまり東京でもニューヨークでもロサンゼルスでも、ホテルの駐車場は有料が一般的だ。その多くは完全に機械化され無人で運営されているのではないか。
そう考えるとラスベガスでも無人化は可能なように思えてくる。ラスベガスだけができないわけがない。やはりこのままMGMは有料化を続け、さらに他社も追随し、いつの日かラスベガスでも「無料が非常識」ということになるような気がしないでもないが、はたしてどうなることやら。
なお最後にこれは余談だが、各カジノホテルでは各種ショーや催し物などイベントがひんぱんに開催されていることもあり、地元民の利用という需要も無視できないほど多いわけだが、12月末以降、地元民も有料になる。多くの地元民は、毎回駐車料金を払いたくないと考えるので「M Life」のメンバーになり、その上級ステータスを目指しカジノで必要以上にプレーすることになるはず…。そんなことまでMGMは視野に入れているとの噂もあるが、はたして真実はいかに。