シルクとビートルズのコラボレーション。往年の名曲をバックに、この劇団らしいユニークな演出が盛りだくさん。ステージは円形で、巨大スクリーンと各座席にスピーカーが設置されているところに注目。
公演時刻: 7:00pm と 9:30pm
休演曜日: 日曜日 と 月曜日
チケット料金: $85前後から
カナダの人気サーカス団「シルク・ドゥ・ソレイユ」によるビートルズをテーマにしたショー。
同劇団と、ビートルズの楽曲を管理しているアップル社(パソコンのアップル社とは別)によるコラボレーションとして 2006年6月からスタート。
会場は、2003年10月3日、トラが主役に噛みつき重傷を負わせるという前代未聞のアクシデントで公演打ち切りとなってしまった人気マジックショー「Siegfried & Roy」のシアターを大改造したもので、キャパシティーは 2013席。
さて、ビートルズはどのようなカタチでこのショーに登場するのか。過去の映像なのか、人形なのか、監督・指揮・クリエーターとしての出演か。
じつは、現存メンバーおよび故人となったメンバーの未亡人などが監修に多少関与しているものの、あくまでも BGMなど音楽や映像として登場するだけで、ステージ上でビートルズにまつわる具体的な演出が目に見えるカタチで描写されるわけではない。
しいてあげれば、通称「ビートル」(カブト虫)と呼ばれる往年のフォルクスワーゲンの名車がたびたび登場する程度で、基本的にはシルク・ドゥ・ソレイユ主体のショーだ。
といっても、同劇団が得意とするアクロバット中心のサーカス的な演出は少なく、これまでに存在しないまったく新しいスタイルのショーといってよいだろう。
その内容は言葉では表しにくいが、ジャンル的には、ストリートパフォーマンスなどでよく見かける若者中心のフリースタイル系の演出と考えればよく、ローラースケートやトランポリンを使った躍動的な演出が多い。
したがって衣装も、同劇団がよく使う神秘的かつ前衛的なものではなく、ごく普通のラフな普段着が目立つ。
そのように表現すると、何やら安っぽい平凡なショーのようにも思えてしまうが、そこはさすがにシルクで、20メートル以上はあると思われる高い天井から登場したり、地下深くから登場したり、その高度な舞台設備や演出にはアッと驚かされる部分が少なくない。
今、天井や地下という言葉を使ったが、この会場は円形シアターになっているため(客席はステージを取り囲むように配置されている)、結果的に天井や地下から登場するシーンが多く、また複数の役者が同時に同じ演技を全方位的に披露するため、上下はもとより前後も左右も奥行きも広範囲を見なければならず、良い意味で、観客は視点を定めるのがむずかしい。
目が忙しい理由はそれだけではない。客席を取り囲むように巨大スクリーンが客席背後の壁に設置され、そこでは常に華麗なコンピューターグラフィックスが映し出されており、そこも観る必要がある。
また、突然ステージにカーテンのようなスクリーンが出現したりすることもあり、目を休める暇がないのがこのショーの特徴だ。
もはや目がいくつあってもたりない感じだが、このショーのすべてを楽しむためには、一回目の鑑賞でステージ上の演出を、二回目でスクリーンや天井でのパフォーマンスを観るようにするなど、それなりの工夫が必要かもしれない。
さて、ここまでの説明ではビートルズの存在にまったくふれていないが、彼らの存在感がまったくないのかというと、そんなことはない。
常にビートルズの曲が流れているためか、始めから観客の頭の中はビートルズになっており、とにかく会場全体にビートルズのオーラのようなものが漂っている。
したがって目には見えなくても、彼ら4人の存在感は圧倒的だ。
そう書くと、スクリーンに彼らの往年の映像がたくさん映し出されるような場面を想像してしまいがちだが、そういうシーンはそれほど多くはなく、全体としての彼らの露出度は控え気味。
したがって、このショーは視覚的には完全にシルクが支配しており、ビートルズは聴覚的な部分を担当しているにすぎない。
が、その視覚的要素と聴覚的要素のバランスが実に絶妙で、この LOVE ほど音楽をうまく生かしたショーは他にないといってよいのではないか。
いかに音楽にこだわっているかは、各座席にスピーカーが複数内蔵されていることからもうかがえ、また、座席のどこにそのスピーカーがあるのかわからないような音量バランスの設定も絶妙だ。天井から吊り下がっているスピーカーの規模にも圧倒される。
なお、音楽の存在感が強いショーといえばミュージカルを思い出してしまうが、この LOVE には役者がしゃべる場面はほとんどなく(まったくゼロではないが)、ミュージカルとは別物と考えるべきだろう。(映像で、ビートルズのメンバーがしゃべっている部分はある)
さて読者にとって知りたいことは「このショーは楽しいのか、そうではないのか」、あるいは「観る価値があるのかどうか」、「ガッカリする内容なのかどうか」、そんなところだろうが、その答えはむずかしい。
同劇団の他のショー、たとえばミスティアで観られるような驚異のアクロバットも、オウで観られるような華麗な演技も、KA が得意とする斬新な荒ワザも、ズーマニティーに漂う怪しいセクシーさも、この LOVE にはほとんどない。
また、「LOVE のどの部分が楽しいのか?」と聞かれても、具体的に答えられる者はほとんどいないだろう。
それどころか、非ビートルズファンなどからは、似たようなエアリアル・コントーション(天井からぶらさがっているロープや布などに体を巻き付けたりしながら行なう空中演技)が多すぎ飽きてくる、といったネガティブな意見も聞かれる。
しかし、このショーを見終わった直後の観客に現場でインタビューしてみると、厳しい評価をする者はほとんどいない。みんな幸せそうな顔をしている。それはなぜか。
勝手な推論かもしれないが、LOVE というタイトルから来る暗示なのか、もしくはビートルズという圧倒的な偶像が放つオーラのようなものの存在なのか、はたまた彼らの歌からくるメッセージなのか、とにかく会場全体がやさしい雰囲気に包まれ、その結果、観客もやさしい気持になっているようで、仮につまらないと感じていても、批判的、対立的、反発的な意見や態度を持つ気分にはならないのではないか。
そしてそういった雰囲気を造り出すことこそが、このショーの目指すところで、それを実際にうまく具現しているところがこのショーの真骨頂といってよいだろう。
またそのカラクリは、劇場内に入る前から存在しており、チケット売り場から劇場に至る途中の演出も実にすばらしい。
ビートルズを意識したイギリス国旗とシルク特有のモダンなオブジェが入場者を待ち受け、また、現場スタッフは英国調のコスチュームに身を包み、売店ではビートルズの曲名がついたカクテルが用意されているなど、ショーが始まる前から期待感は否が応にも高まるように設定されている。
そしてその段階で、すでに観客はやさしい「LOVEな気分」にさせられてしまう。
ようするにみんなビートルズが好きなのだろう。嫌いな者は観に来ない。いや、嫌いな者でも好きになってしまうのかもしれない。
ヘイジュードと共に天井から無数の赤い紙吹雪や紙テープが舞う中、役者全員が赤や黒のパラソルを持って優しく舞うエンディングのシーンはまさに「優しさ表現のクライマックス」。
だれとなく観客も自然に歌い始め、会場内は大合唱と真っ赤な紙吹雪に埋め尽くされる。そんな雰囲気に陶酔し完全燃焼した観客のだれがこのショーを酷評できよう。
ビートルズの存在は目に見えないが、やはりシルクは脇役で、ビートルズとそのファンがこのショーの主役なのである。
なお、音楽監修は長年ビートルズのプロデュースを行ってきたジョージ・マーティンとその息子、ジャイルズ・マーティンが務めた。二人はアビイ・ロード・スタジオのマスターテープを使って音源を結合させる作業に約2年を費やしたという。
参考までに、ショーの中での各場面にはそれぞれ名称が付いており (ほとんどは曲名がそのまま採用されている)、それは以下の通り。(ただしこれは数年前のデータなので、今は変わっている可能性も)
各シーンに対して一曲が割り当てられているので、ショーで使われている楽曲は約30曲ということになるが、いくつもの曲を織り交ぜて使ったりする場面もあるので、すべての曲を数えればもっと多くなる。
ちなみに「ストロベリー・フィールド・フォーエバー」では今まで誰も聞いたことがないジョン・レノンが作った音源を使用しているようで、オノ・ヨーコが自宅に持っていたジョンのテープを使って制作された貴重な遺作とのこと。
当たり前の表現になってしまうが、ビートルズに興味がない者は観る必要はないが、ビートルズファンにとっては、始めから終わりまで感動できる必見のショーといってよいだろう。
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