アメリカの観光業界は日本人の「世界遺産好き」に気づくべき

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 アメリカ人はユネスコが決める世界遺産が大嫌い。いや、嫌いではない。世界遺産(World Heritage)という言葉すら知らない。
 一方、日本人はユネスコ世界遺産が大好きだ。テレビ番組、旅行雑誌、観光業界などがひんぱんに取り上げているためか、世界遺産という言葉を知らない人はまずいない。

 日本における関心の高さは、訪問先としての人気、つまり一般の人たちの間での話にとどまらない。
 受け入れ側にとっても大いなる関心事で、世界遺産に登録されることを悲願としている観光地も少なくないと聞く。

 また、それだけ関心が大きいだけに、ひとたび登録されると訪問者の急増など現場の変化も大きく、それが自然破壊や混雑、さらには環境維持のための経費の急増など新たな問題を起こしているというから話は複雑だ。なにごとにおいても熱くなりすぎは良くないということか。

 一方、アメリカではほとんど無関心。日ごろ注意深くチェックしているわけではないが、少なくとも一般向けのテレビ番組や新聞や雑誌などが、世界遺産というブランドに関して日本のように大きく取り上げることはほとんどないように思える。

 言葉としてのWorld Heritage も一般市民の間でどれほど定着しているのか、はなはだ疑問だ。
 そもそもアメリカ合衆国を代表する世界遺産グランドキャニオン国立公園の公式サイト (www.nps.gov/grca/index.htm)に、どうしたことか、World Heritage という言葉が出てこない。

 ちなみにヨセミテ、イエローストーンなど、米国内の他の世界遺産(特に自然遺産)の多くにおいても、その公式サイトの状況は同じだ。(ただし、エバーグレーズ国立公園など、ごく一部の公式サイトには出てくる)

 理由は国民性などいくつかあるようだが、じつは歴史が長い先輩格のアメリカ国立公園局と、後発組のユネスコ世界遺産委員会の役所同士の意地の張り合いも理由のひとつとされている。
 世界遺産を取り仕切るユネスコに対して、アメリカは長らく政治的にも予算的にも敵対する立場を取り続け、1984年のレーガン政権の時に脱退し、近年やっと再加盟したといういきさつがある。

 復帰した今でも、パレスチナの加盟に対して大反対するなど、アメリカは基本的にユネスコが大嫌いだ
 そうなると、何ごとにおいても自国で仕切るのが好きなアメリカにとって、フランスのパリに本拠を置くユネスコが世界遺産を取り仕切っていること自体がおもしろくないのか、メディアもあまり取り上げることがなく、結果的に一般市民も無関心になってしまっている。

 さように、日米における世界遺産に対する関心度の違いはとてつもなく大きい。
 日本だったら、テレビであろうが活字媒体であろうが、白神山地、石見銀山という言葉が登場する場面では、必ずといっていいほど、まくら言葉のごとく「世界遺産」が付いてくる。

 しかしアメリカでは公式サイトのみならず、今たまたま手元にあったカールズバッド国立公園(ニューメキシコ州にある世界最大級の鍾乳洞)のパンフレットに目を通してみても、そのどこにも World Heritage の文字は見当たらない

 世界遺産が大好きな日本、無関心を決め込むアメリカ。そのどちらが世界標準に近いのか知らないが、その差は数字にも現れている。
 アメリカは1996年以降、ここ15年で新たに登録されたのはハワイのパパハナウモンクアケアの1ヶ所だけ。
 日本は同じ期間に10ヶ所が登録されている。
 国の歴史が浅いため文化遺産が少ないというアメリカならではの事情を考慮に入れても、国土面積の差を考えると、この違いは尋常ではない。

 農耕民族で成り立つ日本は歴史的に村の長や幕府や政府などを中心とした中央集権的な社会だったため、「御上のお墨付き」といったたぐいのものに権威を感じる傾向にあるが、各地を転々として来た狩猟民族的なDNAを持つアメリカ人は個人主義を崇拝し役所などの関与を極端に嫌う。
 そんな違いも、お墨付きに対するありがたさの違いになって現れているのかもしれない。

 ビジネス的な恩恵の差もありそうだ。アメリカの景勝地の多くはナショナルパーク(国立公園)に指定されており(アメリカにおける国立公園は「御上のお墨付き」というよりも、「みんなで自然を守ろう」という意識が原点にあるように思われる)、そこでは自然保護が徹底され、土地の所有権はもちろんのこと、ビジネスなども厳しく制限されているため、世界遺産に登録されても日本に比べ周辺住民の利益になりにくい環境にあり、ビジネス的な恩恵は限定的だ。
 おのずとユネスコへの売り込みもあまり積極的にならない

 もうひとつこれは意外なトリビアかもしれないが、アメリカは、世界遺産条約の最初の批准国であり、1978年に自国内のイエローストーンとメサヴェルデを、ガラパゴス諸島などと一緒に世界遺産第1号として登録しているのに対して、日本は先進諸国では一番遅い 1992年に批准している。

 つまり日本で世界遺産に関心が寄せられるようになったのはつい最近のことで、バブル崩壊直後というきびしい時期ではあったものの、休暇が取りやすくなるなど労働環境の改善や、レジャー産業が発展、成熟していく時期と重なっており、業界やメディアなどによって世界遺産ブームが作り上げられたことがうかがえる。

 話が長くなってしまったが、本題はこれから。奇しくも昨日、地元有力紙 Las Vegas Sun(7月5日付)が、海外からの国別のラスベガス訪問者数に関する記事を書いていた。
 悲しいかな、日本はまったく「かやの外」といった感じの残念な内容だ。

 それによると、今年の韓国からの訪問者数は前年比 60%増、中国は 38%増、カナダ、オーストラリア、ドイツ、フランスもそれぞれ 20%以上増加しているという。
 また各国からのラスベガスへの航空路線の話にもふれ、マンチェスター、ロンドン、パリ、グアダラハラなどの都市名が記事内に踊っていた。さらに、2015年までには中国からの観光客数が219%アップするなど、とにかく諸外国は元気がいいようだ。

 しかしその記事内には最後まで Japan の文字は一度も出てこない。
 ちなみに日本の衰退は地震災害とは関係なく、もう何年も続く長期的トレンドだ。
 10年ほど前まで、日本航空とノースウェスト航空がジャンボ機のノンストップ便を成田とラスベガスの間に飛ばし、陸路でアメリカと国境を接するカナダとメキシコを除くと日本からの観光客が1番多かったという時代があったことを思うと、今回の記事は隔世の感があると同時に、非常に悲しい。

 その記事と「日本の世界遺産好き」、なにか結び付けられないか。
 アメリカ側の旅行業界や世界遺産現地の関係者は、自分たちが世界遺産に関して無関心であるがゆえに、日本人がどれをほど世界遺産が好きか、気づいていないように思える。

 世界遺産をうまく利用すれば、日本からラスベガスへの観光客を増やせるのではないか。
 ちなみに日本では、世界遺産ばかりを目的地に組み込んだツアーがたくさん存在している。
 しかし残念ながら行き先としてはアメリカ以外が目立つ。世界遺産の絶対数が多いということもありヨーロッパが人気のようだが、南米なども少なくない。

 具体的にはフランスのモン・サンミシェルや南米ペルーのマチュ・ピチュなどの名前がパンフレット内のページをにぎわしている。

 アメリカの世界遺産としては、グランドキャニオンがなんとか人気の上位に食い込んでいるものの、あとはヨセミテとイエローストーンがときどき話題になる程度で、その他の知名度はまるでさっぱりだ。
 しかしアメリカ本土の西半分だけでも以下のようなすばらしい世界遺産が9ヶ所もある。(各番号は地図の位置に対応)

1:グランドキャニオン(アリゾナ州)
2:ヨセミテ(カリフォルニア州)
3:イエローストーン(ワイオミング州など)
4:カールズバッド(ニューメキシコ州)
5:メサ・ヴェルデ(コロラド州)
6:レッドウッド(カリフォルニア州)
7:オリンピック(ワシントン州)
8:チャコ(ニューメキシコ州)
9:タオス・プエブロ(ニューメキシコ州)

 国土が広いだけに、日本やイタリアなどと比べると分布の密度は低いが、それら9ヶ所を地図に並べてみると、なんとラスベガス(地図内の)がそれらのほぼ中央に位置していることがわかる。
 まさに世界遺産のゲートウェー都市といっても過言ではない。(は後述するソルトレイクシティー)

 「海外旅行といえば、まずは世界遺産」と言われるほどの最近の日本の海外旅行事情。
 その目的地にラスベガスがあまり選ばれていないという事実は、何かが悪いとしかいいようがない。

 マチュピチュはアメリカ西海岸よりもはるかに遠いにもかかわらず、アメリカのどの世界遺産よりも人気が高いと聞く。
 たぶんアメリカは売り込み方がヘタなのではないか。
 何ごとにおいても常に世界の中心だと思い込んでいるアメリカは、自分を積極的に宣伝しようとしない傾向にあるが、それはよくない。

 アメリカも World Heritage というせっかくのユネスコのお墨付きを使わない手はないだろう。
 「黙っていても世界が注目してくれる」などと思わずに、各国立公園の広報関係者も、各州の観光局なども、アメリカでは通用しなくても日本では通用するその強力なブランドをもっと積極的に利用して日本に売り込むべきだ。
 モン・サンミシェルが世界遺産であることは日本の多くの人が知っていると思われるが、イエローストーンがそうであることはあまり知られていない。

 少々突拍子も無い発想かもしれないが、いっそのこと、あえて日本向けだけ Sekai-Isan というローマ字表記で新たな展開をするぐらいの独創的な宣伝をしてみてはどうか。
 アメリカ発の独自のブランドといった新鮮なイメージが、日本人の目をひくような気がしないでもないがどうだろう。やっぱりダメか…。

 いずれにせよ、日本の旅行業界もアメリカの関係各所に改めてマーケティングの提案をするなど、積極的に働きかけてもらいたいものだ。
 世界遺産への批准時期を考えると、日本で世界遺産という言葉が知られ、それがブームになる前から、他国にはたくさん世界遺産が存在していたわけで、今の世界遺産ブームは、意図したかどうかは別にして、日本の旅行業界やメディアなどが自国の批准をきっかけに創造したものであることはほぼまちがいない。

 そしてそのブームの創造が成功しているとするならば、今度はいわゆる「外圧」によるブーム、つまりアメリカ発の第二の Sekai-Isan ブームをアメリカと日本の関係者が協力し合って起こしても成功する可能性は十分にあるのではないか。

 このたびデルタ航空が、西海岸の内陸ハブ空港であるソルトレイクシティーと成田の間に路線を開設することになったニュースは(ラスベガスが素通りされる可能性はあるが)、Sekai-Isan 戦略にとっては位置的に非常に大きな追い風となるだろう。
 このフライトをうまく売り込めれば、アメリカ大西部の自然遺産を訪れる日本人観光客は確実に増えるはずだ。
 そしていつの日か再び日本とラスベガスの間をノンストップ便が飛ぶようになればそんなありがたいことはない。

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