約一年半ほど前、シルク・ドゥ・ソレイユや大物ミュージシャンのビルボードばかりが目にとまるストリップ地区で、ラスベガス自体をテーマにしたバラエティ・ショー「VEGAS! The Show」がひっそりと始まった。
この街は、興行成績が振るわなければすぐ淘汰されるショービジネスの激戦地。数ヶ月で打ち切られるショーがあとを絶たない中、このプロダクションのように、毎晩2回の公演を続けることはたやすいことではない。
そんな厳しい環境の中で、すっかり定着したように見えるこのショーには、いったいどんな魅力があるのか。
その実態を探りに、プラネットハリウッドホテルに隣接するショッピングモール、ミラクルマイル内の Saxe Theater に足を運んでみた。
ちなみに、この劇場名「Saxe」は、ラスベガスでいくつものショーを手がけている敏腕プロデューサー David Saxe氏 の名前に由来する。
彼は、父親がフランク・シナトラ軍団「Rat Pack」の元バンド・リーダー、母親がトロピカーナホテルで行われていたレビューショー「Folies Bergere」の元ダンサー、姉メリンダはマジシャンでランス・バートンの元妻といういうラスベガスに深く関わる芸能一家に育ち、早くも17歳の頃から頭角を現した。現在42歳。
このショーも彼の作品のひとつで、趣向としては、ベガスの歴史とそれを彩った数々のエンターテイナーの軌跡をたどるもの。
さらにマジックやアクロバットなども加わり、総合レビューに近い。
ダンスや音楽が中心を成しているため、英語が苦手な日本人でも充分楽しめるところがうれしい。
まず、開演直後のステージは、ネオンサインの墓場というセッティングで始まる。今は亡きアラジンなど往年の名ホテルの看板が積み上げられた物悲しい雰囲気の中、ブロードウェイ・ミュージカル「シカゴ」で経験を積んだ俳優 Eric Jordan Young が登場。
彼は、表現力、ダンス、歌声ともに群を抜くエンターテイナーで、わずか数分で観客の心をつかむカリスマ性を持ち合わせている。
そこで「この輝かしい街の歴史は忘れてはならないもの」とショーのコンセプトを紹介し、時代は一昔前のラスベガスへ。ここからは、往年のエンターテイナーを彷彿させる名場面の回想で舞台が進んでいく。
このショーの特徴を挙げるとすれば、それは、ステージ全体にみなぎる若々しい才能だろう。
劇場やステージのサイズなど、ハード面における規模でこそ、ラスベガスを代表する総合レビュー「Jubilee!」に見劣りする部分もあるが、ゴージャスな衣装や斬新な仕掛け、そしてなによりキャストのエネルギッシュなパフォーマンスなどは、まったく遜色ないどころか、Jubilee! を超えている。
ステージ上、ところ狭しと踊るダンサーとシンガーの数は総勢約30名。スウィングダンス、ラインダンス、バーレスクなどの見せ場では、全ての動きがいきいきとしており、ダイナミックでビジュアル的にも観客を惹きつけてやまない。
そんな演出をクリエイトしたのは振付師の Tiger Martina 氏。さまざまな要素を織り交ぜた変化あるステージ造りで知られる人気振付師でありながら、担当外のマーケティングや宣伝などにも協力的で、今回の取材やインタビューに一番尽力してくれたのも彼だ。
音楽は、11 ピースのビッグバンド・オーケストラの生演奏で、歌に関しても、もちろん口パクなしの本物指向。経費節約が求められ、録音した音源を使うショーが多い中、生へのこだわりは立派だ。
ミュージカル「スターライト・エクスプレス」で一躍有名になった舞台女優 Reva Rice のボーカルも見事で、圧倒的な歌唱力にはだれもが驚く。
男性陣も負けてはいない。このショーでは、フランク・シナトラ、トム・ジョーンズ、エルビス・プレスリーなど、この地に縁のある男性アーティストの曲が多用され、Luck be a lady、It’s not unusual、Viva Las Vegas など、明るく楽しい雰囲気の曲の熱唱も観客を魅惑する。
華やかなムードに流されがちだが、悲しい歴史を回想させる曲もきちんと披露するところがこのショーの真骨頂。
人種差別がアメリカに蔓延していた50年代、黒人の血を引くサミー・デイビス・ジュニアは、ホテル正面玄関からの入場を許されず、毎日キッチンを通ってステージに向かったという。
そんな辛い時代を経てステージに立つ同じ黒人として、メインキャストの Eric は「アフリカン・アメリカンが尊厳を勝ち取り、ここに導いてくれたアーティスト達に敬意を表する」と前置きし「Once in a lifetime」を熱唱。
また、公民権運動の旗手、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が凶弾に倒れた直後に発表されたエルビス・プレスリーのプロテスト・ソング「If I can dream」のアレンジも聴きごたえがあった。
幕間には、ハトやオウムを使ったマジシャンや、驚異的な身体バランスを披露する二人組、双子のタップ・ダンサーなどが場を盛り上げ、終始、観客を飽きさせない舞台運びも見逃せない。
いよいよ終盤となると、デューンズ、アラジン、サンズ、スターダスト、フロンティアなどのホテル爆破解体や、エルビスとプリシラの結婚式など、なつかしいラスベガスの歴史的なシーンがスクリーンに映し出される。
そしてピアノの生演奏がノスタルジックな雰囲気を盛り上げ、舞台は一気に豪華絢爛なフィナーレへ。
最後はスタンディング・オベーションかと思いきや、観客が着席したままだったのは意外だった。とはいえ、拍手喝采はかなり長く続いたことから、決して出来栄えの悪いショーではないことだけはたしか。
粒ぞろいのキャストの才能が存分に引き出され、エンターテイメントの総本山ラスベガスらしさに溢れているこの「VEGAS! The Show」は、規模こそそれほど大きくないものの、キラリと光る何かを持った密度の高いバラエティー型のナイトショーといってよいのではないか。
その一方で、古き良き時代のラスベガスを知らない世代や、ラスベガスそのものにあまり思い入れがない者にとっては感動が少ない可能性がある。
公演は原則として休演曜日なしの毎晩7時と9時の2回。劇場前のボックスオフィスでは、一般席のチケットが 86.98ドルで販売されているが、TIX 4 TONIGHT などの半額チケットショップでも手に入ることが多い。
450席と小規模なこの劇場は、傾斜があってどこからも見やすいため、窓口で VIP席を勧められても、特にアップグレードする必要はないだろう。一般席で前方に座りたい場合は、開演の20分ほど前に入口に行くようにしたい。
なお、この劇場の1階にはバーがあり、運が良ければ、そのフロアからシアターに通じる階段付近に用意されたディスプレイ用の狭いスペースにて、開演前にストレッチをするキャストを間近に見ることができる。
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