禁酒法時代からの呪縛か、アルコールに関するバカげたルール

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 今週は、3ヶ月前にダウンタウン地区で始まった路上飲酒に関する変則的な規制が、ストリップ地区でも導入されるかもしれない、という話をしてみたい。

 今回検討されている新ルールは、まだ確定ではないが、簡単に言ってしまうと「ガラスのビンに入ったビールなどを屋外で持ち歩いてはいけない」というもの。
 「ガラスが割れると危ないから」が理由のようにも思えるが、そう簡単な話ではないところが、アメリカ社会におけるアルコール問題のむずかしいところで、そもそも「飲んではいけない」ではなく「持ち歩いてはいけない」になっている部分などは、一般の日本人には理解しがたいはずだ。

 というわけで、ダウンタウンでのルール、そしてストリップ地区で導入されようとしている新ルールの説明の前に、まずはアメリカ社会全体におけるアルコールに対する全般論から話を進めたい。

 昨年もこのコーナー(バックナンバー 882号)で似たような話題を取り上げたので重複になるが、とにかくアメリカには、アルコールに対する理不尽な規制や不可解な習慣が多すぎる。
 言論の自由、結社の自由など、「自由」という言葉を金科玉条のごとく大切にしているアメリカという国では、何ごとにおいても総じて自由であり、実際に法律も多くの場合そのように作られているが、ことアルコールに関してだけはそうではない。

 市民生活から社会秩序までを劇的に変えてしまった禁酒法時代(1920~1933年)の影響と言ってしまえばそれまでだが、解除されてからすでに 80年以上が経過していることを考えると、その呪縛からまだ抜け出せていないかのようなバカげた法律が残っていることは、まったくこの国らしくないといってよいだろう。

 ちなみに名詞で「禁止」を意味する「prohibition」の大文字表記「Prohibition」は、それだけで禁酒法や禁酒法の時代を意味するというから、アメリカ社会においていかにこの法律の存在感が大きいかがうかがえる。

 不可解なルールの具体例を挙げると、たとえば州や市によって多少の例外規定などはあるものの、基本的には未成年者による酒類販売は許されていない。
 その部分だけを聞くと、まともな規制のようにも思えるが、コンビニやスーパーのレジの店員が高校生アルバイトのような未成年者だった場合、ビールやワインなどの商品にさわることが許されておらず、客がそれら商品をレジに持ち込むと、その場で手が止まってしまい、店内放送などで先輩スタッフを呼ぶことになるという実態を知れば、バカげたルールであることがわかるはずだ。
 先輩スタッフが到着するまで何分も待たされ、その間、レジの列はまったく進まず、自分のうしろに行列ができてしまう。アメリカらしい合理的な思考がまったく生かされていない不可思議な習慣だ。

 テレビコマーシャルなどの規制も非常にきびしい。ビールを美味しそうにゴクゴク飲むシーンはご法度で、ビールの缶やボトルそのものが映し出されることはあっても、飲むシーンが放送されることは絶対にない。
 美味しそうに見えるとアルコール依存症などが増えてしまうための規制で、これなどはまさに 「酒=アブナイ物」という禁酒法時代から脈々と続く概念がしっかり残っていることの何よりの証拠といってよいだろう。

 他にも例はいくらでもある。どんなに大きな立派なレストランでもアルコール類を出していない店が存在していることは、一般の観光客も遭遇して知っているのではないか。店でアルコール類を出すためには酒類販売の免許が必要で、その取得が非常にむずかしかったりする。

 公共の屋外での飲酒も多くの場合、厳しく規制されており、公園などはもちろんのこと、真夏のビーチなどでも全面禁止が一般的だ。日本の花見などはもってのほかということになる。
 また、運転手はもちろんのこと、助手席や後部座席の同乗者が車内でビールを飲んだりすることも禁止で、これは日本人観光客がレンタカーなどでうっかり犯してしまいやすい交通ルールだ。

 ここまでの説明だと、アルコールに対するきびしい規制や変則的なルールは、依存症などから国民を守るためのものであるかのようにも思われるかもしれないが、必ずしもそうとは限らない。
 酒類販売のライセンス取得がきびしいがための、既得権や利権が複雑に絡むルールであったりすることもある。ラスベガスのダウンタウン地区の規制などはまさにその典型といってよいだろう。

 では3ヶ月前から始まっているダウンタウン地区での規制について話を進めたい。
 ラスベガスは、アメリカの他の都市に比べてアルコールに関するルールが総じて甘い。その証拠に、今でもダウンタウンの電飾アーケード街では歩行しながらビールを飲むことができる。
 花見などが自由にできる日本人にとっては意外かもしれないが、他の多くの都市では、公園やストリートでの飲酒は禁止だ。

 そこで、「ラスベガスの規制は甘すぎる」との大義名分のもとで、昨年から厳しくする方向で検討され、そして今年の6月から新たなルールが導入されたわけだが、それがなんと、アルコール依存症の防止やガラス瓶が割れて危ないといった論点からまったくかけ離れた部分、つまり酒類販売ライセンスなどのしがらみに関わる激論の末に新ルールができてしまったというからなんとも始末が悪い。

 その新ルールの内容を知る前に、ラスベガスにおける酒類販売ライセンスに関して知っておく必要がある。
 他の都市と同様、酒類販売には厳格な免許が必要で、ラスベガスの場合、これにカジノの免許も加わり、そしてカジノの免許に関しては、経営がしっかりしていない個人企業などの安易な参入を抑制するために、カジノ内には宿泊施設、飲食施設、そしてバーなどの酒場を併設しなければならないというルールがある。(コンビニ内のスロットマシンなど、15台までのマシンゲームしか設置できない乙種免許の場合は話が別)

 そのような背景もあり、「酒場」と言ってもラスベガスにはカジノ内に存在する酒場と、単独店としてのバーなどの酒場が存在することになり、当局は前者を通称 “Tavern” というカテゴリーの免許、後者を “Tavern-Limited” というカテゴリーの免許で管理している。
 そしてもう一つ忘れてはならない存在が、酒類も扱っているコンビニなどの小売店で、これに対しては “Liquor Store” というカテゴリーの免許が発行されることになるわけだが、カジノ内の酒場、一般酒場、小売店の3者は常に利害が対立し、争いが絶えないのが現状だ。ちなみにこれら3者に対して発行されているライセンスおよびその内容は以下のとおり。

Tavern の免許を持ったカジノ内のバーなどで買ったアルコール飲料は、その店の外に持ち出してもかまわない。つまり、店側は顧客に対して、持ち出しを許可することができ、結果的にその顧客は、カジノ内はもちろんのこと、路上で歩行しながら飲んでもよいことになる。

Tavern-Limited の免許を持つ一般のバーなどの酒場で提供されるアルコール飲料は、その店の中で消費されなければならない。店側は、顧客に対して店の外に持ち出して飲むことを許してはならない。(コンビニなどの商売を邪魔しないように)

Liquor Store の免許を持つ販売業者は、顧客に販売したアルコール飲料を、その店の中で消費させてはならない(消費させると、バーと同じ形態のビジネスになってしまい、バーのビジネスを邪魔することになるため)。買った顧客は、その店から最低 1000フィート(約305メートル)離れた場所に出るまで消費してはならず、また自分がいる場所から 1000フィート以内に教会、学校、病院、ケアセンター、ホームレスシェルターがある場合も消費してはならない。(ちなみにこのルールを厳格に守ると、ダウンタウン地区の繁華街の中では飲めないことになってしまう)

 つまり Tavern-Limited(一般のバー)と Liquor Store(コンビニなど)は、ライバル関係にあるようにも見えるが、互いのビジネスを邪魔しないように飲酒場所を明確に決め、うまく住み分けをしている。したがってこの両者にとって、「何でもあり」の Tavern(カジノ内のバー)は共通の敵ということになる。

 そんな背景を知った上で、6月から導入されたルールの内容を聞くと、だれもがあきれてしまう。
 そのルールとは、「フリーモントエクスペリエンス(通称「電飾アーケード」)においては、ガラス瓶やアルミ缶などに入ったアルコール類の消費は禁止。消費する場合は紙コップ、もしくはプラスティック製のコップに入れなければならない。違反者に対しては $1000 までの罰金か懲役6ヶ月の罰則。しかし当面は警察官によるアルコール飲料の没収のみで、罰則は適用しない」というもの。

 缶ビールもダメということは、割れたガラス瓶から人々を守ることがこのルールの目的ではなく、カジノの既得権を守ることが目的であることは明らかで(カジノ内ではプラスティックコップなどにビールを入れて提供できるが、コンビニではそれができず、一般酒場では元々店外に持ち出せない)、Liquor Store のABCストアなどは早くも不服を申し立て、このルールを決めたラスベガス市に対して裁判を起こすことを表明している。

 さてここまでは、日本人観光客があまり滞在しないダウンタウン地区の話。ここからはストリップ地区の話。
 ダウンタウンでの新ルールが発表されてから、同様なルールをストリップ地区にも持ち込もうとする動きが具体化し、先週、クラーク・カウンティー(ストリップ地区を管轄する役所)のコミッショナーが、9月16日にこのルールに関しての公聴会を開き結論を出す予定でいることを発表。
 それに対してただちにコンビニなどが反対を表明しているが、ストリップ地区でも可決される可能性が高いというのが大方の見方だ。

 ちなみに現在検討されているそのルールの内容は、「ストリップ地区の歩道など屋外で消費する飲み物は、紙かプラスティック製の容器に入れなければならない。アルコール類に限らず、ミネラルウォーターなども含めてガラスの容器はすべて禁止。アルミ缶は認める方向で検討。もしガラス瓶に入ったビールなどをストアで購入した場合は、しっかり閉じられた袋に入れ、ただちに宿泊ホテルなどに持ち帰らなければならない。また、どこで購入したものかわかるように、常にレシートを所持している必要がある」というもの。

 つまり、ビン入りのビールは歩きながら飲んではいけないだけでなく、袋から出して持ち歩いていてもいけないことになり、これも何やら禁酒法の呪縛から抜け出せないアメリカならでは不可解なルールと言えなくもない。なにゆえ袋から出して持ち歩いてはいけないのか、合理的な理由がまったく見当たらないわけだが(飲むのを禁止するのわかるが)、ボトルが丸見えだと、飲みたくなってしまう中毒患者を刺激してしまうということか。

 なお、大晦日のカウントダウン花火大会の際は、何年も前からガラス容器の禁止が徹底されており、それをきっかけに各ストアもすでに日頃からアルミ容器に入ったビールの品揃えを充実させているため、コミッショナー側は、「特に大きな影響はないだろう」としている。(上の写真内の右の2本は、通常のアルミ缶とはちがう形状だがアルミ製。左の2本はガラス瓶)

 しかし、スターバックス社製のコーヒー飲料や、ミニチュア瓶のウィスキーやワインなど、ガラス容器入りの製品もまだ数多く存在しているため、ストア関係者を中心に反対意見も少なくない。
 また、ビン入りビールの販売減少といった販売店に対する直接的な影響よりも、「何でもありのラスベガス」というイメージの低下による観光客の減少のほうが影響が大きいのでは、と心配する声や、カジノホテル側からの何らかの圧力による法律ではないかといった指摘もあり、16日の公聴会では簡単に意見がまとまらないと見る関係者もいる。
 いずれにしても、日本人観光客にも影響がある案件なので、結果が決まり次第、あらためてこのコーナーなどで報告したい。

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