ラスベガスはDOOH業界の情報集積地
当地ラスベガスはエンターテインメント、カジノ、ボクシングなどはもとより、ショービジネス、コンベンション、ナイトクラブなどさまざまな業界の聖地となっている。
また世界的な業界イベントが開催されるという意味で、ボディービルディング、ロデオ、バスフィッシング、さらにはマリファナやタトゥーといった一般的には目立たない業界までもが当地を世界の中心地と位置づけたりしている。
そこに新たに加わるというよりもすでに業界コンベンションなどを通じてラスベガスを情報収集や情報発信の集積地としている業界がある。DOOH だ。
今週は世界が注目するその DOOH業界と、ラスベガスに乱立するビルボードの進化についてふれてみたい。
DOOHとは「自宅外デジタル広告」
DOOH とは広告業界などの用語で Digital Out of Home の略。直訳すれば「家の外」となるため日本ではしばしば「屋外デジタル広告」と訳されたりしているが、実際には商業施設などの屋内広告も含まれているので「自宅外デジタル広告」と訳したほうが実態に即しているだろう。
この業界がカバーしている範囲は狭いようで幅広い。広告用のLEDパネルの製造メーカーなどのハード分野から、そのパネルにさまざまな手法で広告を流すソフト分野、さらにLEDパネルそのものも卓上サイズのような小さな端末からビルボードのような巨大ディスプレイまで多岐にわたっている。
DOOHの具体的な例
具体的な例としては自動販売機やガソリンスタンドの給油ポンプなどに埋め込まれている小型広告パネル、レストランのテーブルなどに置かれているタブレット端末、電車内やタクシーの車内の広告ディスプレイ、ビルの壁面やスタジアム内の巨大広告など、日本でもこれらは街中の至る所に存在しているので多くの人にとって毎日のように目にしているはずだ。
なお表示される広告メッセージそのものに変化がない静的なもの、たとえば印刷されたポスターや看板など従来型の広告は DOOHの中に含まれない。
また画面が変化するといっても自宅のテレビで見るコマーシャルや自身のスマホ内の広告は DOOHとはいわないのが普通だ。
つまり DOOH とは、屋内外を問わず外出中の現場に一時的にいる者を対象とした動的なサイネージ(signage:看板、表示装置など)と考えればよいだろう。
DOOHは今後2ケタ成長の広告分野
ではなぜ今 DOOH は注目されているのか。そしてなぜラスベガスが業界の中心地となっているのか。
それはインターネットが普及するにつれ、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、電車内での吊り広告など従来型の広告媒体の市場規模が年々縮小し続けているにもかかわらず、DOOH は多くの国において毎年2ケタの成長をしており、ネット以外の広告媒体としては数少ない成長分野とされているからだ。(DOOHも仕掛けとしてはネットを利用しているが)
光り輝くネオンサインの街
そしてラスベガスについてだが、当地が広告業界、特に屋外サイネージの業界にとって重要な都市であることは今になって始まったことではなく、何十年も前から光り輝くネオンサインの街であることは多くの人が知るところ。
カジノホテルの正面玄関前などに立つ巨大な広告塔もラスベガスを象徴する光景の主役を演じてきたし、タクシーの屋根の上の派手な広告などもラスベガス名物として広く認知されている。ラスベガスが昔から広告業界の耳目を集めてきたことに異論はないはずだ。
砂漠でのビルボードは視認性が高い
そんな広告都市ラスベガスにおいて忘れてはならない存在がビルボード。
ここでいうビルボードとは高速道路や街道沿いに高くそびえるように設置されている横長の広告板のことで、広大なアメリカをドライブしているとしばしば目にする広告媒体だ。
特にラスベガスは砂漠エリアに人工的に造られた都市のため視界的に広く開けた環境が多く、遠く離れた位置からでも視認性が高いことからビルボードにとっては好条件がそろっている。
結果として半世紀以上も前からそして今でも街中にビルボードが乱立しており、それが増えることはあっても減る気配は感じられない。
テレビや新聞などよりも効果的
ラスベガスにビルボードが多い理由は地形的な要因だけではない。広告主の業種によってはテレビや新聞などよりもビルボードのほうが効果的で価値が高かったりする。
たとえばナイトショーの広告などは一般住民ではなくその日にラスベガスにやって来たばかりの観光客に告知したいわけだが、彼らは到着したあとショーが始まる時間帯までにテレビや新聞を見たり読んだりすることはない。
一方、彼らは自家用車であろうが空港からのタクシーであろうが、視界に入ってくる景色を興味深く丹念に見る傾向にある。
そんな彼らにはビルボードが好都合ということで、他の都市からラスベガスに入ってくる高速道路沿いや空港周辺にはこれでもかというほどたくさんのビルボードが設置されている。
もちろん繁華街を歩く観光客にもビルボードは非常に効果的だが、スペース的に設置場所が限られてしまっている関係でトラックの荷台に乗せた形でのいわゆる動くビルボードが活躍することになる。
ビルボードの大いなる欠点
さようにビルボードが効果的であることは間違いないが、従来型のビルボードには大いなる欠点がある。描いた広告内容を簡単には変更できないという極めて当たり前の不便さだ。
たとえば従来型のビルボードは連日開催される常駐公演のナイトショーには使えても、その日限りのコンサートの広告には向いていない。コンサートが終わったらすぐに無用の長物となってしまうからだ。
厳密には常駐公演のナイトショーにも向いていないというか無駄がある。休演曜日に宣伝しても意味がないからだ。そのことはレストランなどの広告主にもいえることで、休業日の露出にまで広告費を払いたくはないだろう。
電光型ビルボードの出現
そこで数年前ごろから登場してきたのが電光型のビルボードだ。これなら遠隔操作で広告内容をいつでも簡単に書き換えることができるので、ビルボードを設置したオーナー企業にとっても広告主にとってもウィンウィンとなる。
ちなみに現時点での街道沿いのビルボードにおける従来型と電光型の数の比率は、正確に数えたわけではないので肌感覚ではあるが半々程度といったところか。交通量の多いところほど電光型に切り替わっているように見受けられ、逆に少ないところではまだ従来型が目立つ。
性別や年令を認識するサイネージ
固定型のビルボードが電光パネルに切り替わっただけなら特に新しい話でもなくニュース性もない。そのような変化はパネルのコストが低下してくれば当然の流れとして起こってくるからだ。
今 DOOH業界が力を入れているのは単なる電光パレルへの切り替えではなく、現場の状況に応じて自動的に広告内容を切り替える新たな手法だ。
これは日本のドリンク類の自動販売機などでも導入されつつあると聞く。たとえば自販機の前にやって来た人物の性別や年令などを自動的に判断してその者にふさわしい商品をパネルに表示させる。
この種の手法は大型のビルボードには不向きだが、パネルと人の距離が近いサイネージなら有益な利用方法がたくさんありそうだ。
従来型の大手3社はハードがメイン
現在ラスベガスにおいてビルボードを設置し管理運営している大手企業としては Lamar社、Clear Channel社、Connell社の3社がある。3社とも基本的には従来型のビルボードで利益を上げてきた会社であり、メインの商品はあくまでもビルボードというハードであってソフトではない。
もちろんこれら企業も積極的に電光パネルに切り替える作業を進めており合理化に余念がないが、各種センサーなどで現場の環境を読み取りながらその情報を広告内容に自動的かつ瞬時に反映させるようなソフト的な部分はまだ道半ばというか完璧ではないように見受けられる。
日本人には和食店を自動表示
そこに目をつけたのが Adomni社に代表されるようなソフトに軸足を置いた新興企業で、それら企業はハードを持つ既存のビルボード会社などと提携しながら革新的な広告表示を広告主に提案している。
たとえば気温が高い晴れた日の時間帯にはビルボードの近くにあるビアガーデンを、雨が降ってきたら室内のスポーツバーを、夜になったら空席が余っているナイトショーを、夜が更けてきたらナイトクラブの宣伝といったように時間帯や天候に応じた広告だ。
その他にもタクシーの車内のディスプレーなどでは乗客の顔のイメージから年齢や性別に合わせた広告はもちろんのこと、乗客の会話から日本語を話していると判断できたら和食レストランの広告を流すといったことも可能になるだろうし、株式市場やスポーツの試合など刻々と変化する事象に合わせた広告も視野に入れて開発しているようだ。
個人の特性よりも位置と時間
現在スマホに表示される広告においても、ゴルフが好きな人にはゴルフ道具の広告、テニスが好きな人にはテニス道具の広告といったようにかなりパーソナライズされてきているが、DOOHはそれと似て非なるものを目指していると考えるべきだろう。
というのも、DOOHではその人物の特性によって広告を選ぶというよりも(それもある程度は可能だが)、その現場の位置情報や時間帯に特化した広告を目指しているからだ。(グーグルなどの広告も位置情報や時間帯に応じた広告が可能だが、現時点では個人の特性のほうに重点を置いているように見受けられる)
進化の先にはプライバシーの問題
ちなみに前述の Adomni社など DOOHの業界人たちは 2023年以降、DOOH市場は劇的に拡大すると予想している。
その市場予測の中には小さなパーソナルなパネル、たとえばタクシー内のサイネージなどで位置や時間帯だけでなく個人の特性にも合わせた広告展開も視野に入れており、それが実現可能かどうかは別にして(技術的には実現できるだろう)、位置や時間も含めたパーソナライズ広告が極端に進化した場合、プライバシーの問題にも直面してくるだろうといった専門家の声も聞かれる。
「この先にラブホテルがあります」
たとえば日本でタクシーに乗ったカップルが車内で愛を囁いていることをセンサーが感知した瞬間、座席の正面のディスプレイに「この先300メートルの交差点に人気のラブホテルがあります」との音声が流れながらゴージャスな客室内の写真や料金表が表示されたらどう思うか。
同様にタクシーに乗り込んだカップルが激しい言い争いをしていると、離婚相談を専門にしている弁護士の宣伝が流れる。
また飛行機の座席のポケットには長らく機内誌が入っている時代が続いたが、今後は座席周辺の各種センサーによって画像や会話内容が読み取られ目の前のディスプレイに「ハワイに着いたら新婚カップルにおすすめのレストランは…」、「最近のサーファーに人気の海岸はどこどこで、明日の波の高さは…」みたいな情報が流れてきたらこれをどう思うか。
コンベンションは12月3日から
極端に進化した DOOHを便利と感じるかプライバシーの侵害と感じるかは人それぞれだろうが、そのような時代がすぐにやって来るのかどうかに興味がある場合は、日ごろ自分のまわりにあるサイネージにどのようなメッセージが表示されているか注意深く見るようにするとよいだろう。
また、さらなる時代の先取りとしてこの業界を研究したい場合は、デジタルサイネージの総本山であるラスベガスで開催されるコンベンションなどに足を運んでみることをおすすめする。
ちなみに今年の Digital Signage Experience(かつての Digital Signage Expo)は 2023年12月3日からラスベガスコンベンションセンターで開催される。
(日本でもアメリカでもパーソナライズ化されたサイネージに直面した経験を持つ方、以下のコメント欄に体験内容などを記載して頂けたら幸いだ)