そろそろコロナ騒動も落ち着いて来てはいるものの、まだまだ日本からの海外旅行は平常には戻っていない様子。
というわけで今週も一般の観光客にとってはまったくどうでもいい話というか、ラスベガスファンにとっても「へぇ~」と思うことはあっても、ほとんど役に立たない話題をお届けしてみたい。
日曜日に新車を買うことはできない
当地ラスベガスが属するネバダ州クラーク郡では、日曜日に新車カーディーラーに自動車を買いに行っても買うことができない、というただそれだけの話。
地元に住んでいても意外と知らなかったりする人もいるようだが、しょっちゅう買いに行く商品ではないので知らなくても無理はない。
つい先日、日曜日にカーディーラーに行ったという友人から、「どこの自動車メーカーのディーラーに行っても全部休みだった。なんで? 何かあったのか?」と質問されたので書いてみようと思った次第。
結論から先に書くならば、現時点でのラスベガスにおけるカーディーラー業界(中古車業者は除く)は地元の条例により原則として全ブランドの店が日曜休業となっている。
自由な経済活動こそが善のハズだが
アメリカは市場経済の盟主といってもよいほど、その自由競争の原理原則を大切にしている国。
つまり「売手と買手が自由な意思で自由な価格で取引をする」という崇高な理念のもと、価格統制や談合はいうまでもなく、ビジネス形態を規制するようなルールも極力嫌っている。自由な経済活動こそが善で、それを阻害することはすべて悪というわけだ。
そんなこの国で「日曜日は休業しなければならない」といった条例はいささか奇妙にも思えるが、こういった慣習が残っているのはここラスベガスだけではない。自主規制であったり強制的な法律や条例であったり、その形態はさまざまなようだが、コロラド州、イリノイ州、ペンシルベニア州など他の地域でも散見される。ちなみに近隣都市のロサンゼルスやサンフランシスコなどに日曜休業のルールはない。
青い法律による「日曜はダメよ」
ではなぜ市場経済理念に反する日曜休業という慣習がアメリカの一部地域に残っているのか。
それは簡単にいってしまえば、もともとの理由は「日曜日は礼拝に行くべき聖なる安息日なので仕事はダメ」ということ。
つい「日曜はダメよ」(アメリカの名作映画のタイトル)という言葉を思い出してしまうが、いわゆる「Blue Law」(青い法律)と呼ばれるヨーロッパ発祥の昔ながらのルールだ。(その映画内のストーリーとカーディーラーの休業は無関係)
なお、なぜ「青」なのかは諸説あるためここでは割愛するが、興味がある者は各自で調べてみてほしい。
カーディーラーが対象となったワケ
青い法律が残っている地域における日曜休業の対象となっている業界は酒類販売業が多いが、ラスベガスのみならずカーディーラーが対象となっている地域も少なからず存在している。(ちなみにラスベガスでは日曜日の酒類販売は禁止されていない)
「聖なる礼拝の日に飲酒はやめよう」という理念で酒類販売が規制対象となることはなんとなく理解できるが、なにゆえカーディーラーも対象なのか。
残念ながらその明確な理由は聞いたことがないが、いろいろ調べてみた限りでは、価格交渉といった駆け引きが伴う自動車販売業ならではの事情が見え隠れする。
つまり、「教会に行きたくてもライバル店が営業していると客を奪われてしまいそうで休業しにくい」といった心配に対する配慮として、「全店休業にしたので安心して教会に行ってください」というわけだ。
「宗教の自由」と「営業の自由」
そんなルールができると酒類販売店にしろカーディーラーにしろ、「当店はもともと教会に行く習慣はないので日曜日にも営業させてほしい」といった声が上がってくるのは当然の成り行きで、実際に今でもその種の法律論争は各州であとを絶たないとされる。
だが憲法が多方面の分野に対して「自由」を保障しているがゆえに、「宗教の自由」も「営業の自由」も無視するわけにはいかず、この論争の決着はむずかしいようだ。
一般的な感覚としては、「教会に行きたい店のオーナーは休業にすればよいし、営業したい者はもちろんご自由にどうぞ」が自然な法解釈となるはずで、実際に多くの州が「私企業の休業日を強制的に法律で規制することはむずかしい」とのスタンスを取っているが、その一方で「宗教上の理由でこの町のカーディーラーは日曜日に営業してはならない」という条例などを憲法違反と決めつけることがむずかしいのも現実。
いやはや談合的な要素を含む悪法のようにも思えてしまうが、やはり「宗教の自由」はだれも侵すことができないアンタッチャブルということか。
日曜日の営業は6ヶ月の投獄?!
そんな背景もありラスベガスではいまだに「青い法律」が存続しているわけだが、そのルールのこれまでの経緯や現状はどうなっているのか。
宗教に限らず、文化、生き方、価値観などにおいても多様性が叫ばれている昨今、一つの宗教の慣習に基づく「青い法律」がすでに時代遅れとなっていることはラスベガスのカーディーラーも認めているところで、たびたびこの条例の存続の是非が議論されている。
この慣習が根付いたそもそもの理由は、初期のラスベガスにおけるカーディーラーの経営者の多くが、毎週礼拝に行くモルモン教徒だったからとされており(真実は確認していないが)、当初の日曜休業は条例とかではなく自然発生的に定着した仲間内の決めごとだったらしい。
しかし街の発展とともに人口も拡大しディーラーの数も増えてくると、新規参入者がその慣習を破る可能性もあり、それを恐れた既存の業界人たちが主導するかたちでクラーク郡の条例(Chapter 7.70. AUTOMOBILE SALES ON SUNDAYS)として制定されたようだ。
ちなみに違反した場合は 1000ドル以下の罰金または6ヶ月以下の投獄もしくは罰金と投獄の両方との罰則もあるので新規参入者も守らないわけにはいかない。
礼拝に行っていなくても存続を希望
そのように自主的な紳士協定から罰則付きの条例にまで変貌したわけだが、今となっては本来の趣旨であった「ライバル店の営業を気にすることなく、みんなで休業にして教会へ行こう」は実態にそぐわなくなってきている。というのも、実際にはカーディーラーで働く者の多くが日曜日に教会に行っていないとされているからだ。
それでも数年前にこの条例の見直しが議論された際、ラスベガスのカーディーラ業界はそろって日曜休業の存続を希望した。
その理由は、日曜日は子供をリトルリーグなどへ連れて行ったり家族と一緒に過ごす時間としたいからとの意見が多かったようだ。
まぁそれが本音なのかもしれないが、それが理由であるならば他の業界で働く人たちも同じように日曜日は一律全員で休みたいはずだが、実際にはそうなっていない。
青い法律の撤回で寄付金が減少?
そのような現実を直視すると、ライバル店との競争を避けるための保身的なルール、つまり自由な競争を阻害する談合的な要素を含む悪法のようにも思えてくるが、それは考えすぎか。
仮にそうでないとしても少なくとも新車を買いたいという消費者の利便を損ねていることは間違いなく、将来的にはなくなるべき悪しき慣習といってよいだろう。
最後に、いろいろ調べている過程で興味深い情報を見つけたのでそれを紹介して今週の話を終わりとしたい。
アメリカの某有名大学の経済学者の研究によると、「青い法律」を廃止した地域では礼拝者が減り、教会への寄付金も減る結果となったとのこと。
ラスベガスのカーディーラー業界や政治家に対して教会側から現状維持の圧力がかかったりしていないか余計な心配もしてしまうが、業界人の数の少なさもさることながら、すでに従業員の多くは礼拝に行っていないと聞くのでそんなことはないと信じたい。
コメント(1件)
今はどうか知りませんが80年代のイギリスでは日曜日休業はごく普通のことでしたが、
ラスベガスでも日曜日休業の業種があることに驚きました。