ここ数週間でアメリカでのコロナ騒動はかなり落ち着いてきた。しかし日本では新規感染者数が高止まりしているためか、まだ海外旅行というムードではないようだ。一部のマニアックなラスベガスファンを除けば、ゴールデンウィークに一般の日本人観光客が当地ラスベガスに押し寄せるような気配はまったく感じられない。
というわけで今週も観光情報というよりも、ちょっとしたトリビア的な話題をお届けしてみたい。
それでも日本酒は人気がない
先週ラーメン店に関する記事を書いたばかりだが、こんどは日本酒の話。といっても売れている日本酒の銘柄とか味比べといったたぐいの話ではない。「アメリカで日本酒は本当に人気があるのか」という命題に対する考察だ。
結論から先に書くならば、和食ブーム、日本酒ブームなどと騒がれているわりには、日本酒はまったくといってよいほど人気がない。
もちろんこの種の表現、つまり「人気がある・ない」は、その基準となる定義のようなものがないため判断はむすかしい。
したがって、たとえ 1000人に1人しか日本酒を愛飲していなくても、それを「人気がない」と主観的かつ断定的に表現することは慎むべきだが、常識的な感覚としてはどう考えても「人気がある」とはいえない状況だ。
そのことは以下で詳細説明する大型の酒類販売店や寿司店などでの調査からも裏付けられるので、ここでは反論を承知の上であえて定義などは考えずに「日本酒は人気がない」と表現させていただくこととする。
日本酒業界が視察訪問
話は過去に飛ぶ。記憶があいまいで正確な時期も面談した視察団などの名称も失念してしまったが、たぶん10年くらい前になるだろうか。
アメリカに日本酒を輸出する計画があるとのことで、たしか兵庫県からの日本酒業界の方々だったと思う。彼らがサンフランシスコ領事館やジェトロ(日本貿易振興機構)のスタッフらと一緒にラスベガスを訪問し、当社にコンタクトしてきた。そして開業したばかりのアリアホテルでミーティングを持ったことを覚えている。
何ゆえ当社が視察団の相談役として指名されたのかはよく覚えていないが(もちろん他のラスベガス関係者にもコンタクトしていただろうが)、それ自体は光栄なことなので、恥ずかしくないよう、そして少しでもお役に立てるようにとの思いで市場調査やデータの収集などアメリカにおける日本酒業界について少しばかり勉強した記憶がある。
ベガスには超高級和食店が多い
ちなみに彼らがラスベガスを訪問先に選んだ理由は、この街は華やかな非日常をウリにしているためゴージャスなホテルが乱立しており、必然的に超高級和食店も多く、その種の店の現状を我々から得ることによりビジネスの可能性などを探りたかったようだ。
そのような訪問目的を事前に聞かされていたため、あらかじめ高級和食店などを取材しドリンクメニューの中に日本酒があるのか無いのか、ある場合はどのような銘柄か、さらに価格設定なども調査したわけだが、その時の印象というか感触では将来性を感じた。つまり日本酒のアメリカでの将来的な需要拡大を予感させられる調査結果で、もちろんミーティングの際に彼らにも前向きな情報として商機の可能性を伝えた。
頻繁に目にする日本酒を飲む光景
話はその後に移る。視察団との接触はその時だけで終わってしまったこともあり、その後は特に意識的に日本酒の成り行きを追いかけるようなことはしていないが(そもそもビール党なので日本酒をオーダーすることは少ないが)、当地で寿司店を訪れるたびに感じる日本酒の需要という意味での印象は引き続き悪いものではなかった。
というのも、メニュー内でかなり高い価格設定になっている日本酒を一般のアメリカ人らしき人たちが楽しく飲んでいる光景をひんぱんに目にするからだ。ビールなどと違い通常のグラスではなく、とっくりや一風変わった器(たとえば竹とか)に酒が入っていたりすることが多いため、遠くの座席からでもそのような光景はよく見える。
日本酒の市場サイズは年々確実に拡大
さて話は現在に。くだんの視察団とはまったく関係ない理由で、たまたまアメリカにおける日本酒の状況を知る必要にせまられ、いろいろ調べてみたところ、コロナという特殊要因を除けば日本酒の市場サイズは年々確実に拡大しているようだ。
ということは、視察団とのミーティングの前に高級和食店を調査した際の予感や、その後の寿司店で感じてきた印象は間違っていなかったことになる。
そこで具体的な数値、つまりアメリカ国内での日本酒の消費量なども知りたくなり詳しく調べてみた。
8割は現地生産、調理酒の比率は不明
しかし調査で得られる数字の分析などは一筋縄ではいかず、こちらが求めたい日本酒人気の実態を把握することは簡単ではないことがわかった。なぜか。
まずデーターを発表している組織や機関がいろいろあるばかりか、日本からの輸出量だけを調べればよいというわけではないからだ。
現在アメリカで消費されている日本酒の8割ほどは日本の大手酒造メーカー(月桂冠や大関など)がアメリカ国内で現地生産しているものらしい。たしかにそれらのブランドの日本酒はアジア系のスーパーマーケットなどでしばしば見かける。
では8割を占めるその現地生産の出荷量を調べれば日本酒の人気を数値的に把握できるかというと、そうでもない。
というのもスーパーマーケットで販売されている日本酒は調理酒としての消費もかなり多いと見られているからだ。残念ながらそのデータ、つまり調理に使われているのか直接飲まれているのか、それに関する情報はどこを探しても見当たらない。
アメリカへの輸出額は70~80億円
2割とされる日本からの輸出量に関しても統計がいろいろあったりするので単純な比較は注意を要する。
金額ベースの統計であったり(それも円とドルの場合がある)、キロリットルであったり、輸出貨物としての重量であったり。重量の場合は当然ボトルはもちろんのこと木枠などの重さも含まれてしまうことはいうまでもない。
そもそも貿易統計は日本側が発表している数値とアメリカ側の数値ではかなり異なっていたりする。したがって細かい数字にこだわっても意味がないので、非常におおざっぱな数字という条件付きでここ数年の日本からアメリカへの日本酒の年間輸出量を書き出すならば、量で 6000~8000キロリットル、金額は換算レートを無視した日本円で 70~80億円、貨物重量としては非常に大まかな数字として 9000トンといったところか。
実態を知るにはリカーストアで調査
もっと詳しい正確な数字を知りたいと思うかもしれないが、その数字を得たとしてもアメリカでの日本酒の相対的な人気(ビールやワインなどと比べた人気)を知ることはむずかしい。ではどうするべきなのか。
それは現場での調査ということになる。スーパーマーケットで販売されている日本酒は料理に使われている可能性があることは先ほど書いたばかりだが、アルコール類の専門店、つまりリカーストアで売られる場合は料理に使われる可能性が低いとされるので、全米展開する巨大リカーストア Total Wine & More に行ってみた。
この店はその名が示すとおりワインに強いリカーストアではあるが、More が付いているだけあって全世界のすべてのアルコール類を取り扱っていることをウリにしている。(もちろんトンスルだけは取り扱っていないが)
店の宣伝などによると 8000種類以上のワイン、2500種類以上のビール、それに 3000種類のその他のアルコール類を扱っているとのことなので、日本酒の人気度を調査するにはうってつけの店といってよいだろう。
日本酒は全陳列棚の1000分の1
さて現場に行った結果はどうだったか。なんと驚くことなかれ、日本酒のために確保されているスペースは、この店のすべての陳列棚の1000分の1 程度だった。
「1000分の1 とは大げさだろう」と思うかもしれないが、実際に店内のすべての棚のスペースをざっくり数えた上での数字なので大きく異なっていることはないはずだ。
あまりにも少ない扱いなのでこちらが見落としている可能性もあるかと思い、現場スタッフに「日本酒はここのセクションだけか?」とたずねてみたところ、「そうだ」との返事。
それでも陳列スペースは少なくてもけっこう売れている可能性もあるので、レジのスタッフに日本酒がどの程度の頻度で出ているかたずねてみた。
数秒考えたのちに彼女から返ってきた返事は「日本酒は一度も見ない日のほうが多い」とのこと。ホントかなぁとも思ったが、陳列スペースが1000分の1 であることを考えるとそれもうなずける。
高級寿司店での日本酒のオーダー比率
こうなったら寿司店も調査するしかないとの思いで、地元ではけっこう評判の高級寿司店のオーナーに話を聞きに行った。
ちなみにその店では、これまでに何度も一般のアメリカ人が日本酒を飲んでいる光景を目撃しているので、かなりの数の日本酒が出ていると予想しながらオーナーに質問してみたわけだが、予想は違っていた。
オーナーの大島氏いわく、「アルコール類ではビールが圧倒的に多いね。日本酒は1割か2割くらいかなぁ」とのこと。
ついでに担当してくれたウェイトレスにも聞いてみたところ同じような返事。たしかにほぼ満席の店内を見渡すと、だれも日本酒を飲んでいない。
では今まで一般のアメリカ人が日本酒を飲んでいる光景を何度も見てきたのは何だったのか。それは今になって気づいたことだが、たぶんビールを飲んでいる者を見ても何の印象にも残らないが、日本酒を飲んでいる場面は記憶の中に残りやすいだけのように思われる。
「自宅で日本酒」はかなり限定的
さてここまでの事実関係からわかってきたことをまとめてみると、リカーストアの調査結果から言えることとして、日本酒を買って自宅で飲む者は非常に限られていることはほぼ間違いない。言い換えれば、日本酒の多くは寿司店など外食の場面で消費されていることになる。
では、ストアで買ってまで飲もうという者はほとんどいないにも関わらず、1~2割とはいえ寿司店で日本酒をオーダーする者がいるのはなぜか。
それはたぶん我々日本人がメキシコ料理店に行った際はついついマルガリータやコロナビールなどメキシコのドリンクを、同様に高級中華料理店などに行けば紹興酒や青島ビールをオーダーしてしまうのと同じ心理ではないか。きっとそうに違いない。
メディアの報道も原因か
では「日本酒がブーム」とか「日本酒が人気」といった情報がメディアで流れたり、その人気の度合いを実態以上に思いこんでしまいがちなのはなぜか。
勝手な想像だが、たぶん海外でときどき開催されるジャパンフードフェアといったたぐいのイベントや、日本食材の商談会や見本市などはメディアにとって報道ネタになりやすく、結果的にそのニュースを耳にする機会が多い読者や視聴者がブームになっていると勘違いしているからではないか。もしくはメディア側が、意図的にあたかもブームになっているかのように報道していることに原因があるのかもしれない。
いずれにしてもラーメンブームや寿司ブームとは大きく異なり、日本酒はまだほとんど一般のアメリカ人にとって身近な存在にはなっていないことを事実として知っておいて損はないだろう。
シェア拡大の余地は十分にある
最後に誤解のないようにあえて補足しておくと、ここで言いたいことは、アメリカでは日本酒は今後もまったく売れないとか期待できないということではない。日本人の多くが想像しているであろう数字よりも実態ははるかに売れていないということ。
ただ、その事実を逆に楽観的に考えれば、まだまだ市場シェアを拡大する余地は十分にあるというようにも解釈でき、現地生産の大手酒造メーカーのみならず、輸出を考えている日本国内の中小の酒蔵も悲観的に考える必要はないのかもしれない。
そんな事情をとっくに理解しているであろうサッカー界のスーパースターの中田英寿氏なども世界中で日本酒の普及に尽力しているわけだが、彼ほどの知名度や人脈などを持たない一般の酒蔵が取るべき戦略は、リカーストアなど小売店での流通ではなく寿司店での消費を中心にマーケティングしたほうが結果が出るように思えてならない。
すでに多くの寿司店には何らかのブランドの日本酒が入っているはずだが、昨今の寿司ブームで寿司店は激増中だ。
アメリカの酒類販売のルールにより(州によって多少異なるが)、原則として酒蔵が直接寿司店に販売することはできないのでディストリビューターと手を組む必要があるが、ディストリビューターと一緒に知恵を出し合ってマーケティングすれば、きっと市場に入っていけるのではないか。
個人的にはビール党ではあるが、日本人として現在の日本酒の存在感はあまりにも寂しいので日本の酒造メーカー、特に中小の酒蔵にはぜひ頑張ってもらい日本酒を広めて頂けたらこの上なく嬉しい。特に最近はさまざまな業界で日本の存在感が韓国や中国に遅れを取ってきているので。急にあの兵庫県の業界の人達は今どうしているのか気になってきた。
コメント(2件)
日本酒の普及度についてのお話、全く同意です。確かに、昨今、日系スーパーのみならず、SafewayやWholefoodsといったアメリカ資本のスーパーマーケットやCOSTCOですら日本酒を目にするようになり、また、日本酒専門店がサンフランシスコにオープンするなど、私が渡米した20年前とは日本酒の普及度は大きく変わりました。が、それでも一般のアメリカ国民が日本酒を飲む姿を目にするのは極めて稀ですよね。高級寿司店では日本から取り寄せた珍しい日本酒なども楽しめるようになりましたが、和食好きな一部の方々が楽しんでいるような状況かと思います。
日本酒はよく言えば繊細、悪く言えば主張が弱く、アメリカの食事に合わせるとどうしてもワインに負けてしまうように感じます。ただ生産者の方々も、発泡日本酒や、フルーツと合わせたようなお酒(日本酒と呼んで良いのかは別問題ですが)などいろいろと試行錯誤しているようで、上手く生き残っていってほしいと思います。
鮨レストランでも日本酒の注文は1〜2割程度とゆうのには、その価格付けにも一因があるようですね。
日本から訪れた際にドリンクメニューをチェックすると、“エッ?“って思えるくらいに高いものになっていました。
元々、高級鮨自体がハレの食事と認識されてると思われ、ドリンク類はビールでとゆうお客さんが多いのかも知れませんね。 ぶったまげたのはコーラで鮨をつまんでいる連中もいたくらいで、鮨自体が高い食事なので、ドリンク類はビールやコーラで抑え気味にしているのかと思われました。
NOBUホテルでも部屋の冷蔵庫に常備されている日本酒は二合瓶で$50を超えるお値段で、NOBUオリジナルの清酒とはいえ、ボッタクリ感は否めませんでした。 何か日本酒を高級シャンパンと同格に位置付けしたいのかとも思ってしまいました。(笑