先週、ラスベガスのカジノホテル業界に大きなニュースが走った。
2019年に大規模な改装工事を終えたばかりのカジノホテル「パームス」(PALMS)が、カリフォルニア州内に領土を持つインディアン部族に 6.5億ドル(約700億円)で身売りすることになったというのだ。
まだ当事者間で合意に至っただけで、カジノを管轄する当局などから承認を得たわけではないので最終確定ではないが、たぶん承認されることになるだろう。
このニュースは業界のみならず、ここの常連読者などラスベガスリピーターの間でも大きな関心事となっている。
というのもここ数年、MGM系列やシーザーズ系列などの主要カジノホテルのコンプ(常連客への無料サービスなど)の基準が厳しくなったことを理由に、彼らが長らく定宿として利用してきたそれらホテルをパームスに切り替えてきているからだ。
ちなみにパームスは観光客だけでなく地元民もターゲットとしているカジノであることが影響しているのか、コンプ基準が比較的ゆるいことで知られている。
そんなパームスのこれまでの沿革を書き出してみると、2001年、ストリップ地区の中心街から西へ約1.5km の地点に開業。その後 2011年、リーマンショックで資金難に陥ったことから創業ファミリーが株式の大半を投資会社に売却。
さらに 2016年、地元ラスベガスで複数のカジノホテルを運営するステーションカジノ社(Station Casinos)が 3.1億ドルで買い取り、その後はそのステーションカジノが運営を、所有はその親会社であるレッドロックリゾーツ社(Red Rock Resorts Inc、ナスダック上場)という形態で今日に至っているわけだが、昨年3月の新型コロナ感染拡大にともなうネバダ州知事の非常事態宣言により営業を停止。
そして現在、コロナの新規感染者数が減り始めたことを機会に多くのカジノホテルが営業を再開しているにもかかわらず、このパームスは営業停止の状態を続けている。
そんなパームスの買収にこのたび名乗りを上げたのが San Manuel Band of Mission Indians(以下 SMBMI)だ。
この名前からではインディアンの部族名なのかカジノの企業名なのか判断しづらいが、部族の自治体や共同体、ようするにアメリカ合衆国政府が先住民族(白人がヨーロッパからアメリカ大陸に移住する前から住んでいた民族)に治外法権的なことを認めた数ある自治区のうちのひとつと考えるとわかりやすいのではないか。民族的にはセラーノ族で構成されている。
ちなみにこの SMBMI の公式サイト内で自身を紹介するページの見出しには大きな文字で以下のように書かれている。
As a sovereign tribal nation, we work within our own system of government and ordinances.
これを自動翻訳ソフトに和訳させると、「主権を持つ部族国家として、私たちは独自の政府や条例のシステムの中で活動しています」となった。
主権や国家という言葉が出てくると何やらそれなりの面積や人口を抱える大きな国のようにも思えてくるが、実際の領土の面積はわずか約1100エーカー。メートル法換算で約400万平方メートル、つまり1辺が 2km の正方形程度の面積ということになり東京ドームの約80倍だ。領土はともかく国土と呼ぶにはあまりにも小さい。
位置としてはロサンゼルスから東方向に車で 1.5時間ほど走った山岳地帯のふもとの狭い範囲で、以下の北緯と西経の座標(2km 四方の領土の中心地点)をグーグルマップに入力すると、その周辺の環境や領土の範囲などを確認することができる。なおグーグル側に撮影を認めなかったのか領土内の住居エリアをストリートビューの写真で見ることはできない。
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人口に関してはセラーノ族全体で 1000人程度、そしてこの領土内に暮らしているのは 200人前後との説があるが(各部族は領土の外、つまりアメリカ合衆国の一般的な地域に住むこともできる)、いろいろな情報があり定かではない。
こういった領土や人口の数字を聞かされると「そんな小さな SMBMI がカジノを運営できるのか」と思えてくるかも知れないが、カジノ運営の主権を持っているのが彼らというだけであって、現場で働いている従業員のすべてがセラーノ族というわけではなく、実際に彼らの領土内で30年以上前から運営されている San Manuel Casino では周辺地域に住む一般のアメリカ市民が多数働いている。
そんな San Manuel Casino はそれなりの歴史と規模を誇っており、ロサンゼルス地区に住むギャンブラーの間では ラスベガスよりも遥かに近いカジノリゾート として名高い。(ラスベガスはロサンゼルスから車で4時間前後)
したがって SMBMI としてはカジノ運営のノウハウも顧客リストも持っており、今回のパームスの買収はそれらを引っさげてのラスベガス参入ということになる。
パームスを 2016年に 3.1億ドルで手に入れたステーションカジノやレッドロックリゾーツ社が今回パームスを売却する金額は冒頭でも触れたとおり 6.5億ドル。改装工事に巨額を投じていることを考えると売却益が出たとは言い難いが、再開業できずに放置したままの物件を処分できたという意味では良かったのではないか。
また SMBMI としても領土内から外に出ての新たな挑戦をしたかったに違いない。両者ともに納得のウィンウィンの取引と言えそうだが、やはり気になるのは今後のパームスの運営だ。
San Manuel Casino そのものを見たことがある立場としての感想だが、ビンゴパーラーとして成長してきたという背景もあり、パームスとはハード的にもソフト的にも大きく異る上、ラスベガスという市場環境そのものもロサンゼルス郊外とはまったく異なっている。はたして SMBMI が San Manuel Casino で蓄積したノウハウをラスベガスで活かすことができるのかどうか。
ちなみに名称に関しては 変更せずにパームスのままでいくとの噂もある。また、新生パームスの開業の時期は当局の審査期間などにもよるだろうが、年内が目標 とのこと。オペレーションの準備期間を考えると名称変更をしている時間などないのかもしれない。
名称がどうなるのか、年内に間に合うのかどうかも気になるところだが、ラスベガスのカジノという市場規模がコロナ前の状態に完全に戻るにはまだしばらく時間がかかるだろうし、この夏にリゾートワールドという巨大カジノホテルが開業することを考えると、需給バランスという意味で新生パームスの前途は多難のような気がしてならない。