当地ラスベガスの水不足が深刻な状況になっていることは、過去のこのコーナーでも何度か取り上げた。
世界的な異常気象が原因なのか、ロッキー山脈以西のアメリカ西海岸地域における降水量は長期に渡って減少傾向にあり、ベガスの水がめともいえるフーバーダム(ベガス市内から車で約1時間の場所)の貯水量はついに満水時の半分以下になってしまった。
水位でいうと、ほぼ満水だった2000年1月と比べて現在は 153フィート(46.6m)も水面が下がってしまっている。
降水量といってもラスベガスは砂漠性気候のため、もともと当地に降る雨はごくわずか。なのでここでの雨は以前から水源とは無関係。
重要な水源は北東に1000kmほど離れたロッキー山脈に降る雨や雪で、ラスベガスで使われているのは、そのロッキー山脈からコロラド川に沿って流れて来る水をフーバーダムでせき止めた貯水だ。
そのフーバーダムの水がどんどん減っているというから話は深刻だ。
この街は過去30年ほどの間にゴージャスなカジノホテルが次々と誕生し、また流入人口も増え続け(都市圏人口約200万人)、成長著しいラスベガスではあるものの、この水不足問題は街の存亡にかかわる危機的な難題として心配され始めている。
インフレ、失業、景気、治安など、どこの国でもどこの都市でも、さまざまな社会問題を抱えているものだが、それらの問題は政治家などが知恵をしぼれば、なんとか解決できたりもする。
しかしラスベガスの水不足は「無いものは無い」という物理的な問題であり、政治でどうにかなるものではない。
「無いものは輸入すればいい」という経済的な発想での解決も水に関しては無理だろう。水は非常に重いばかりか必要とする量が多すぎるので一般的な輸送手段では需要を賄えない。
「地産地消」という言葉もあるが、地元で生産することは不可能だ(「水素を酸素で燃やせば作れる!」といった量的に非現実的なことは言わないこと)
海水の淡水化といってもラスベガスがあるネバダ州は「海なし州」で、海からは400kmも離れている。そもそも海水の淡水化にはコストがかかりすぎて現実的ではない。
地下水の利用が唯一の現実的な解決策ではあるが、残念ながら200万人の人口の需要を満たせるほどの地下水は確保できないのが現状で、水道局のデータによると、地下水では必要量の約10%しか賄えないとのこと。
またユタ州などラスベガスに隣接している地域から水を引けないこともないが、その量はごくわずかにとどまっている。
結局、原点に戻ってロッキー山脈の雪解け水などに頼るしかないわけだが、今後の降雪量の予測はむずかしく、フーバーダムの水位が短期間で回復する見通しは立っていない。
そこで困り果てているのが当地の水道局(Southern Nevada Water Authority)。
各家庭やさまざまな業界に節水を呼び掛けているわけだが、全ホテルで15万室以上を抱えるホテル業界は節水に非協力的というか、観光業がこの街の主要産業なだけに、水道局としてもホテルにはあまり強く節水をお願いできない。
そもそも、かつてホテル業界はこの水問題に対して「客室のシャワーやトイレで使用される水は下水処理場で浄化されフーバーダムに戻されているので、あえて節水しなくても無駄にはなっていない」と主張。
たしかにその通りで、そこでやり玉に挙がったのはゴルフコースや戸建て住宅の庭の芝生だ。
ゴルフコースは広大なエリアに芝が敷き詰められており、毎日大量の水を散水している。それらの水は下水処理場に戻ることなく蒸発して空に消えていく。
そんな理由もあり、過去10年ほどの間にラスベガスのゴルフコースのほとんどがフェアウェー以外、つまりラフなどの芝を剥がし、砂利を敷き詰めたりバンカーに改造したりしている。
ゴルフコースの協力が一通り済んだ今、こんどは家庭の庭の芝生への批判が強まってきている。
ちなみに日本で芝生の庭付き住宅というと何やら立派な邸宅のような印象もあるが、アメリカの戸建て住宅ではごく普通のことで、むしろ芝生の庭がない家のほうが珍しいくらいだ。
そんな一般家庭の庭はゴルフコースと同様、乾燥しているラスベガスにおいては芝を維持するためには大量の水を必要とし、ほとんどの庭にはスプリンクラーが設置され自動的に散水されるようになっている。
家庭の庭への批判は今に始まったことではないが、今年は危機感が一層高まってきたこともあり、水道局は「Water Smart Landscapes Rebate」と題する節水キャンペーンの奨励金を大幅にアップした。
奨励金とは、芝生を剥がして節水に協力した家庭に支払われる報奨金のこと。
今まで単位面積当たり 3ドル前後(剥がす面積などによって多少変動)だったものを、2024年の年内にこのキャンペーンへの参加を申請すれば 5ドルもらえるというからかなりの大盤振る舞いだ。それだけ水不足が深刻化しているということだろう。
(在ベガスの読者でこのキャンペーンに興味がある人は SNWA.com から今すぐ申請したほうがよい。申請は年内が期限で、庭の改造は来年の末が期限)
ちなみに単位面積とは1平方フィート。1フィートは約30cm なので 30cm四方ということになる。A4判の紙が約30x21cmなので、1平方フィートはA4判の1.5倍ほどの面積だ。
そのサイズに対して5ドル、今のレートで換算すると約750円になるので、かなりの奨励金と言えるのではないか。
そしてこのたび実際に知人がこのキャンペーンに応じることにして、つい先日その家の庭の芝生をすべて剥がし、人工芝や砂利を敷きつめる作業を終えたところだ。
芝生を剥がす前に水道局の職員が芝生の面積を正確に測量しに来て、その面積は 1490平方フィート(約42坪)だったとのことなので、奨励金は 1490 x $5 になり 7450ドル。日本円換算で約100万円ということになる。
変更後も芝生をちゃんと剥ぎ取っているかどうか職員が確認しに来たとのことなので、このキャンペーンはかなり厳格に管理されているようだ。
何やらすごくお得なキャンペーンのようにも思えるが、この知人宅、100万円がそっくりそのまま臨時収入になったわけではない。
芝生を剥がして人工芝にしたりする工事費がそれ以上かかったため持ち出しになってしまったとのこと。
とはいえ、今まで必要だった水道代が大幅に削減でき、さらに芝刈り代なども節約できることを考えると(家主が自分で刈る場合もあるが、多くの家庭では庭師などを利用)、長い目で見たら損にはならないようだ。
かなりの大金が動いているこのキャンペーンの実態から当地の水不足がいかに深刻な問題であるかを、ここのラスベガスファンの読者にも理解してもらいたく、記事にしてみたわけだが、5年後、10年後のこの街の行く末はどうなってしまうのか、地元民のみならずラスベガスファンの来訪者たちにとっても大いに気になるところではないだろうか。
人口増に伴いラスベガスの住宅価格は長期に渡って上昇傾向にあるが、この水不足のさらなる悪化により住みにくい街になるのではないかとの危惧から住宅価格の暴落も懸念されたりしているので不動産所有者は水以外の意味でも心配だろう。
政治や経済でどうにかなるものではなく、天に任せるしかないようにも思えるが、一つだけラスベガスは政治的な手法にかすかな期待を寄せている。というか寄せるしかない状況にある。
それは水源であるコロラド川の利用権は歴史的にネバダ州以外にも割り振られており、カリフォルニア州やアリゾナ州も同じ水源を利用していることから、その割り当て比率を他州と交渉して増やしてもらうという戦略だ。
他州にとっても水不足問題は深刻な状況のようなので交渉は簡単なことではないだろうが、ラスベガスが生き延びる道はそれしかないように思える。その前にまずはロッキー山脈に大量の雪が積もることを祈って今週の記事を終わりとしたい。
コメント(2件)
フーバーダム。下流側から上流側を見たところ。1998年に撮影。
の写真は Glen Canyon Dam ですよね!?
たしかに、上流ですけど、 (笑)
あ・・・ホントだ。Lake Powellの・・・
私もちょっと、周りの山が低いなぁ・・とは、思いました。