急に動き出したコンベンション業界にとっての不都合な現実

今年完成したラスベガス・コンベンションセンターの WEST HALL(西館)

今年完成したラスベガス・コンベンションセンターの WEST HALL(西館)

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 先週号のこのコーナーでも書いたとおり、当地ラスベガスでは 2021年6月1日から新型コロナに関する規制が全面的に解除されたため、長らく休業を余儀なくされていたエンターテインメント業界が動き出し、ナイトショー、コンサート、ナイトクラブなどの多くがすでに公演や営業を再開、もしくは再開のスケジュールを発表している。
 カジノも一足先にほぼ平常通りの営業を始めているので、いよいよ残るはコンベンションということになる。
 コンベンションは地元ラスベガス経済にとってナイトショーなどのエンタメ業界やカジノ業界と並ぶ最重要セクターであり、この街の完全復活には絶対に欠かせない存在だ。
 今週は、先週開催された大型コンベンションの結果を踏まえながら、コンベンション業界が抱えるコロナ後の課題や不都合な現実などについてレポートしてみたい。

地元経済に与える影響は絶大

 ここでいうコンベンションとは、いわゆる見本市、展示会、国際会議、大手企業の新製品発表会や代理店会議、表彰式などのこと。
 裾野が広い業界なだけに地元経済に与える影響は絶大で、コンベンションの復活なしにはコロナで落ち込んでいる雇用問題も解決しない。
 多くの参加者は航空機を使って当地にやって来てホテルに宿泊する。そのため航空業界ホテル業界が恩恵を受けることは言うに及ばず、タクシー業界、展示品の輸送や搬入などに関わる運輸業界、さらにはブースの設営看板や印刷物、会場で配布するギフトグッズケータリング、清掃、廃棄物処理、そしてコンパニオン通訳業に至るまで、コンベンションに依存する業種は多岐にわたっている。

場所の持ち主、主催者、出展者、参加者

 話を進める前に、かつて少なからずコンベンションに関わってきた経験から、そもそものコンベンションというビジネスについて簡単に説明しておきたい。
 まずコンベンションというビジネスの背景には、場所の持ち主主催者出展者参加者(訪問者、見学者)の4者が存在する。もちろんブースの設営業者なども不可欠だが、ここではこの4者に絞って話を進めたい。
 場所の持ち主とはコンベンションセンターやホテルなどイベント会場の持ち主のこと、主催者はそのコンベンションを企画したいわば「言い出しっぺ」のような存在の企業や団体、出展者は会場にブースを設けて自社製品を展示する出展企業などで、参加者は見学や商談のためにその会場を訪問する人たちのことだ。

主催者は必ずしもその業界の者ではない

 ここで知っておくべきことは、主催者は必ずしもそのコンベンションが目的とする業界とは関係ないということ。多くの場合、イベント屋とかメディア関連の企業が主催者になったりする。
 この関係をたとえ話で説明するならば、「世界ラーメン・エキスポ」というコンベンションを主催者が企画したとする。出展企業はもちろんラーメン業界の人たちになり、ラーメンのメーカー、ラーメン店、製麺機の製造会社、チャーシューなど具材の食品メーカー、どんぶりのメーカーなどになるわけだが、主催者はラーメン業界とは関係なくてもよいということ。というか通常は関係ない。
(もちろん例外もあり、アップル、グーグル、マイクロソフトなどがしばしば主催しているコンベンション、つまり自社の新製品発表会や取引先などを集めてのイベントの場合は当然のことながら主催者、出展者、参加者が同じ業界ということになりやすい)

スペースを安く仕入れて高く売る

 コンベンションのビジネスモデルは意外と単純でわかりやすい。それは主催者が場所の持ち主から展示スペースを大量に(多くの場合、会場全体を丸ごと)安く仕入れて、それを出展者に切り刻んで高く売るということ。
 商品を右から仕入れて左に売る一般の商売と基本的には何ら変わらないので簡単そうに見えるかもしれないが、これがなかなかむずかしい。
 ブースを高く売ることができなかったり、出展企業が集まらずスペースが在庫になってしまったりすることがよくあるからだ。初回の開催でそのような失敗をすると翌年の次回の開催もほぼ間違いなく失敗する。そしてその次はない。つまり翌々年度には消滅という運命が待っている。以下がその「消滅への道」のストーリーだ。

「消滅への道」のストーリー

 主催者にとって初回の開催で失敗しないために必要なことは1にも2にも宣伝しかない。つまり業界誌など関連メディアを通じて徹底的にイベントを告知する必要がある。それも両者に対してだ。両者とは出展者参加者に対して。
 出展者への宣伝広告をケチるとイベントの存在自体を知ってもらえないのでブーススペースを売ることができず、十分な数の出展者が集まらない。そして仕入れたブーススペースが在庫になり、仕入れ代金を回収できず赤字になる。
 赤字になると予算が苦しくなり参加者への宣伝広告もケチりたくなるが、それをケチると人が会場に足を運んでくれない。
 「人が集まらないイベント」との噂が流れてしまうと、出展企業は翌年度から出展しなくなるかブース代を値切ってくる。
 ブース代を値引きすると利益を確保できず広告も打てなくなるので値引きを断ると出展してくれない。
 そこまで来ると次の開催で出展企業がさらに減り、せっかく足を運んでくれた来場者も「出展企業がこれだけしか集まらない寂しいイベントならもう次回は来ない」となってしまう。
 来場者がさらに減るとブースの価値が下がることになり、次回はブーススペースをタダ同然で売るくらいの大幅な値引きをしない限り出展企業を集めることはできない。
 そのような悪循環を繰り返していると、もはや広告宣伝費を捻出することなどできず、やがて消滅の運命をたどることになる。

好循環になれば笑いが止まらない

 そんな失敗例をここラスベガスでどれだけ多く見てきたことか。もちろんその逆、つまり出展企業と来場者の関係が好循環になり大成功を収めているコンベンションも少なからず存在している。
 来場者が多く評判が上がると出展を希望する企業が急増。そうなるとブース代を値上げして需給バランスを調整するか、別の会場とも契約してブーススペースを増やすことになり、結果的に出展企業も増えて売り上げも伸びる。
 そうなるとメディアなどで取り上げられる機会も増え、知名度がアップし来場者がさらに増加。ブースの前の人通りが増えればブースの価値も上がるので、翌年度からブース代の値上げも可能になる。
 このような好循環になれば主催者は笑いが止まらない。ホテルの客室を事前に大量に仕入れて参加者に高く売ることだって可能で、また会場内での飲食物の販売権利をケータリング業者などに売ったりすることもできる。

観光局がコンベンション施設を所有

 さてコンベンションビジネスの話が長くなってしまったが、話を現在のラスベガスに戻す。
 ラスベガスがコンベンション都市であることは多くの人が知るところだが、公的機関であるラスベガス観光局(運営費の原資はホテル税。税率は宿泊料金の約13%)がラスベガス・コンベンションセンター(LVCC)を管理・所有していることは意外と知られていない。
 そんな背景があるからコンベンション都市になったのか、それともコンベンションが重要産業であるから施設まで保有することになったのか、そのへんの経緯は機会を改めるとして、とにかく観光局のコンベンションに対する入れ込み方は半端ではなく、つい最近も、従来から存在している LVCC の南館、中央館、北館に加え、超巨大な西館も完成させたばかりだ。
 もちろんラスベガスには LVCC 以外にも民間企業(おもにホテル)が所有する大型コンベンション施設もたくさんあり、コンベンション施設の総床面積は世界一といわれている。

会場と宿泊場所が近い「楽しい街」

 総面積以外にもラスベガスは他の都市と比べると非常に有利な条件に恵まれている。宿泊施設の規模と位置関係だ。
 多くの都市ではコンベンション会場と宿泊施設が広範囲に分散しているが、ラスベガスではコンベンション会場から至近距離の限られた範囲内に巨大なホテルが林立しているため、何万人もの人が集まるような大型コンベンションでも誘致しやすい。また参加者(出展企業や見学者)にとっても宿泊施設から会場が近いことは大いにありがたい。
 さらにラスベガスにはカジノやナイトショーなどのエンターテインメントがある。ようするに「楽しい街」だ。出展企業はともかく見学者にとってこの「楽しい街」であることは参加の動機になりやすく、見学者が集まりやすい環境は主催者のビジネスにとっても都合がよい要素ということになる。

早くも次から次へと開催宣言

 以上のようにラスベガスとコンベンションは切っても切り離せない重要な関係にあるわけだが、コロナ騒動が勃発し集会などが禁止された昨年の3月以降の1年と3ヶ月、事実上コンベンションは開催できない状態が続いていた。
 そして今それが解禁されたわけだが、待たされていた期間が長かったことによる反動なのか、早すぎるのではないかと思われるほど開催を急ぐ主催者が次から次へと開催宣言をしており、主要コンベンションの主催者のほとんどが具体的な開催日程を発表している。
(その日程はこのサイト内の「コンベンション予定」のページに掲載済み)

出展企業が集まってくれるのか

 この早すぎる開催の決定に対しては心配している業界関係者も少なくない。心配なのはコロナの感染再拡大のことではない。もちろんコロナも心配だが、開催しても出展企業や参加者が集ってくれないのではないかという不安だ。
 ナイトショーやコンサートなどではコロナが再拡大するなどしてラスベガスにやって来る者が減った場合、公演を中止にすればよいだけのこと。観る側にとっても公演がなければ行かないだけで、公演が再開したらまた行けばよい。
 しかしコンベンションの場合、出展企業にとってはそれなりの準備期間が必要で、出展品の用意や出展方法さらにはブースのデザインや設営などのことを考えると数ヶ月はほしい。
 見学者にとっても出展企業がたくさん集まって盛大なイベントになるかどうかわからない段階で航空券やホテルを手配するのは気が引ける。

開催宣言ラッシュと前倒し開催

 にもかかわらずなぜか今は「コンベンション開催宣言」のラッシュが続いており、さらにその開催宣言も例年の開催時期をずらしての前倒し開催も目立っているから驚きだ。
 たとえば毎年1月に開催されていたイベントの場合、今年2021年はコロナ規制があったため1月の開催は中止を余儀なくされ、次回は 2022年の1月まで待つ必要があるわけだが、それを 2021年6月とかに早めて開催してしまう。
 そうなると半年後の1月にも通常のタイミングでの開催が待っているので、出展企業にとってはかなり慌ただしい日程となってしまうが、そのような形での前倒し開催が今年はさらに増えそうだ。

税金で建設した無用の長物で初開催

 実は先週、6月1日の解禁からわずか1週間後の6月8日に World of Concrete という建設業界の大きなコンベンションが LVCC の西館で「前倒し開催」された。西館にとっては完成後の初めてのイベント開催でもある。
 もちろんたった1週間で準備などできないので、主催者は数ヶ月前から6月解禁を予測しながら日程を組んでいたわけだが、このコンベンションの例年の開催時期は1月。なので半年後にまた開催することになるが、そんなスケジュールでもあえて6月に開催する意味があったのだろうか。
 噂によると、観光局が鳴り物入りで建設した西館を早く使ってみたかったためブース代を主催者に激安で提供し、開催を急がせたのではないかとの話も聞くが定かではない。
 ちなみにその西館、巨額の税金を使って完成させたもののコロナで使用されない状態が続いていたため「税金で建設した無用の長物」といった批判もあったりする。
 実際に以前から観光局は、サンズエキスポという大型コンベンション施設を持つベネチアンホテルから「これ以上コンベンション施設を建設して民間企業の営業を妨害するようなことはないように」と批判されていた。

先週のイベントは失敗、NABは10月

 気になる World of Concrete の結果だが、出展企業の数は例年の半分以下で、来場者に至ってはなんと1万人程度だったというから完全な失敗といってよいのではないか(例年の来場者数は約6万人)。
 この結果を見て、すでに開催日程を発表している他のコンベンションの主催者が予定をうしろにずらしたり中止にしたりするかどうか注目されるが、まだ一週間しかたっていないためか現時点では変更や中止という話は入ってきていない。
 参考までに、日本の企業も大いに関係している大きなコンベンションとしては NAB(放送業界のイベント)が 10月の開催をすでに発表しているが(例年は4月開催)、今後予定が変更されないとも限らないので要注意だ。ソニー、キヤノン、パナソニックなど毎年出展している企業の関係者は、東京オリンピックのアスリートと同様、「予定通りにやるのか、それともやらないのか」と気をもんでいるのではないか。

CES のオンライン開催の影響

 World of Concrete の無残な結果が、コロナ規制の解除直後という早すぎた開催時期や、準備期間が短すぎたことに起因するものなのか、それとも今後アフターコロナの時代に共通した原因によるものなのか、早くも業界関係者の間では分析などが進んでいるようだが、コンベンション業界が抱える不都合な現実を心配する声もある。
 それはオンライン開催だ。今年の1月、ラスベガス最大といわれるハイテク業界のコンベンション「CES」がコロナ規制の真っ最中だったこともありリアル開催をあきらめたまではよかったものの、完全に中止にすることはせずにオンライン開催を決行した。今となっては良くも悪しくもこれがコンベンション業界に与えた影響は大きいと言わざるを得ない。

リアル開催か、オンライン開催か

 CESのオンライン開催が成功だったのかどうかに関しては意見が分かれているようだが、そこそこうまく機能したのではないかと評価する声もあり、結果としてオンライン開催という手段でもそれなりにイベントが成立することが証明され、実際に今年のコンベンション業界においてはオンライン開催がかなり目立ってきている。
 もちろんオンライン開催では出展スペースを安く仕入れてそれを出展企業に高く売るというビジネスモデルが成り立たないため主催者としては望むところではないはずで、コロナが完全に終息すればリアル開催に戻るはずとの考えは成り立つだろう。
 その一方で、オンライン開催でもバイヤーを見つけることができたり商品を売ることができたなどある程度の成果を得られた出展企業は、莫大な経費がかかるリアル開催を敬遠してくる可能性もあり、今後のコンベンション業界は予断を許さない状況になってきている。
 もしオンライン開催が定着した場合、ウェブサイトなどサイバー空間のスペースを出展企業に売っても大した利益にはならないはずなので、多くの主催者はビジネスモデルの変更を迫られることになり、またコンベンションに頼って生計を立てていた企業や個人も仕事がなくなるので出展企業以外にとっては良いことはあまりない。
 コンベンション業界はカジノやナイトショーの業界とは異なり、この街にやって来る訪問者が増えればそれに比例してビジネスチャンスも増えるというものではなく、最近のラスベガスの復活劇を単純に喜んではいられないという意味では取り残された感がある。
 しばらく状況を見守る必要がありそうだが、たぶん2~3年もすればオンライン開催がどの程度浸透するのか見えてくることだろう。この街の経済や活気を守るという意味でも、オンライン開催があまり定着しないことを祈るばかりだ。

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