先週、ラスベガス・コンベンションセンターの「地下鉄」ならぬ「地下テスラ」とでも呼ぶべき乗り物に試乗してきたのでレポートしてみたい。
世界が注目するその交通機関の名前は LOOP。地下に造られた直径12フィート(約3.6m)のトンネル内を車両が走行する新交通システムだ。
マスク氏が率いる穴掘りの専門企業
この LOOP、ラスベガス観光局の主導で計画された交通機関で、実際に建設を担当したのはあの世界的実業家イーロン・マスク氏が率いる The Boring Company。その名の通り、地下に穴を掘ることを専門とする会社だ。
そんな会社が 2019年の着工後わずか2年で完成させ、このたびメディアなど関係者に公開されたという次第。
ちなみにマスク氏といえば、あの電気自動車でおなじみの テスラ社 や 宇宙開発の スペースX社 の創業者として知られており、また真空のチューブ内を航空機並みの超高速で移動する夢の交通機関(ハイパーループなどと呼ばれることが多い)の考案者としても名高い。
全長わずか 1.3km の実験線
この LOOP の総工費はここまでの時点で 5200万ドルというから日本円で約56億円。安いと感じるかも知れないが、まだ規模が小さいことを考えると妥当な額かもしれない。
というのもトンネルの直径が小さいだけでなく、現在の走行区間はラスベガス・コンベンションセンターのサウスホール(南館)、セントラルホール(中央館)、そして今年完成したばかりの巨大なウエストホール(西館)を結ぶだけの全長わずか 1.3km だからだ。
将来的にはダウンタウン地区や空港まで延長されることになっているようだが、具体的な日程などはまだ決まっておらず、現時点では実験線的な域を出ていない交通機関と考えるべきだろう。
実戦デビューは6月のコンベンション
ちなみに今回はメディアなどに公開されただけで、まだだれでも乗車できるというわけではない。一般の人が乗れるようになる実戦デビューは今年の6月まで待つ必要がある。
なぜならこの LOOP は市街地やホテル街を走る路線ではないため、コンベンションが開催されていない期間は需要がないからだ。
現在コンベンションはコロナの影響でほとんど開催されておらず、このあと一番早い時期に開催が予定されている大型コンベンションは建設業界の祭典「World of Concrete」で、その開幕日 6月7日に合わせて本格デビューするというわけだ。
走行する車両はごく普通の乗用車
さてここまで読んで頂いた読者にとって気になるのは、この交通機関の実際の構造や運行システムだろう。
じつは注目されているわりには平凡で、前述のハイパーループのような超高速交通機関であるわけもなく、また電車やモノレールのたぐいでもない。走行する車両はごく普通の乗用車だ。
したがって「トンネル内を走行する乗用車」という意味では一般の高速道路などのトンネル部分と何ら違いはなく、まったく珍しいものでも新しいものでもない。
山岳トンネルではなく都市部の地下道路という条件で論じたとしても、東京の首都高速中央環状線などのように長い地下の自動車道はどこにでも存在している。
というわけで、珍しくないどころか一般のトンネルなどと比べても直径も全長も見劣りしており、なぜこの LOOP が注目されるのか不思議に思えてくる。
テスラの「モデル3」や「モデルX」
たぶんマスク氏の会社が手掛けているということが注目される大きな理由の一つと思われるが、あえて特徴的な部分を取り上げるとするならば、車両がガソリン車ではなく電気自動車といったところか。
その車両はもちろんすべてテスラ車で、車種としては「モデル3」や「モデルX」が使用されている。改造車ではなく市販車とのこと。
ただその程度のことであれば日本の高速道路のトンネル内にもテスラ車は走っているわけで、やはり珍しいことでも特徴的なことでもない。
観光局とマスク氏のコラボレーション
では何がこの LOOP の注目点なのか。それはたぶんトンネル内だけでなく駅も含めた施設全体の演出ではないだろうか。
長年に渡りラスベガスをエンターテインメントの聖地として世界にマーケティングしてきた観光局と、メディアや消費者に向けたパフォーマンスがうまいマスク氏とのコラボレーションの結果なのか、とにかく一般のトンネルとは似ても似つかぬ別次元の空間になっている。
交通手段というよりもアトラクション
具体的にはほとんどすべての壁が光り輝くパネルになっており、常に切り替わりながらライトアップされるその派手な演出は何ともラスベガスらしく見ている者を飽きさせない。
つまりたった 1.3km の区間ではあるが、もはやこの LOOP は移動のための交通手段というよりも遊園地のライド的なアトラクションとしての要素が強く、今のままの短い運行区間であっても今後どんどん注目を集めるはずだ。実際に観光局の会長も「これはアトラクションだ」と語っている。(かなりの速度で走行していたことと、乗車位置が悪かったこともあり、カラフルな場面が映し出された瞬間の写真をうまく撮れなかったのが残念)
貴重な観光資源だが採算性が心配
したがって今後ダウンタウンや空港など路線が延長され移動手段として利用されるようになったとしても、派手な演出はそのままラスベガスの貴重な観光資源として機能し続けると思われるが、気になるのは採算性だ。
というのも、現在すでに存在しているモノレール(現在はコロナで運行停止中)は、MGMグランドホテルからコンベンションセンターを経由してサハラホテルまでという長い区間の路線を維持しているにもかかわらず万年赤字だからだ。
6月は無料、その後の運賃は未定
採算性を議論していく上で気になってくるのは運賃、輸送量、需要などになるが、どれも未知の部分が多いように見受けられる。
運賃に関してはとりあえず World of Concrete の際は無料にするとしているが、その後の運賃は決まっていない。
いくらアトラクション的な付加価値もある移動手段とはいえ、片道1回 10ドル以上の価格設定はむずかしいような気がする。といっても 5ドル程度の運賃では採算が取れないことは既存のモノレールが実証済で、今後価格設定をどうするかは重要な課題となりそうだ。
3駅 60台体制で1時間に4400人
今回の試乗時に稼働していた車両はわずか 11台だったが、ゆくゆくは 60台前後まで増やすことが可能で、1時間に最大4400人を運ぶことができるとしている。
しかし連結された鉄道車両やモノレールなどであればともかく、数人乗りの乗用車だけで1時間に4400人も運ぶことができるのだろうか。
ちなみにトンネルは行きと帰りが独立した一方通行、つまり片側1本、合計2本あるので、1本につき1時間に2200人を運べばいいわけだが、運転手以外に4人乗せたとしても1時間に500台以上走行させる必要がある。
今回の試乗ではコロナの関係で密を避けるために乗客は3人までで運転手がひとりだったが、今後は無人走行を目指しており乗客を5人乗せられるようになりそうだが、それでも1時間に400台以上、つまり9秒に1台走らせる必要がある。不可能ではないが、わずか9秒で5人が降りて5人が乗り込むことができるのか大いに疑問だ。
と考えてみたものの、今のシュミレーションは単独の駅での計算であり、複数の駅で同時進行的に乗降することを考えると 4400人は可能なのかも知れない。とはいえ現在のたった3ヶ所の駅で 4400人はかなり急いで乗降する必要がありそうだ。
コンベンション需要は確実に減る
一番気になるのは需要だ。コロナが終息しても従来のような需要は戻ってこない可能性が高い。コロナを体験することにより、リモートで多くのことができることがわかってしまった今、出展企業も見学者も今後はコンベンションというリアルな現場に足を運ぶ行動は確実に減ると思われる。
そもそもこのたび完成した西館は非常に巨大なため、よほどの大きなコンベンションでない限り、西館だけでスペース的に十分たりてしまい、南館や中央館を結ぶ移動の需要はほとんどなくなるはずだ。全館を使用しなければならない巨大コンベンションは年間で数回あるかないかだろう。ひょっとするとアフターコロナの時代はゼロになってしまうかも知れない。
そう考えると LOOP は空港やダウンタウンとつながらない限り、無用の長物となる可能性が高い。赤字を避けるためには車窓から見える壁を使っての流れる広告のようなことも可能だが、現時点では広告は考えていないとのこと。そもそも利用者という需要そのものがなければ広告も意味がない。
マスク氏のねらいはカスタマイズした運行
何やら悲観的なことばかり書いてしまったが、今回の LOOP で感心したことがある。それは、数人しか乗れない単独の乗用車は、車両が連結された電車やモノレールなどよりも輸送力で劣るように思えるが、単独の乗用車にもそれなりのメリットがあるということ。
それは、1台1台がそれぞれ目的の駅まで途中停車することなしに直行できるという部分で、実際に今回の中央館の地下駅においても通過すること、つまり乗り降りで停車する車両を追い越すことができるようになっている。
個別の車両ごとに目的地をカスタマイズした運行は、連結された従来型の運行車両ではむずかしいが、全自動運転の乗用車だと安いコストで実現が簡単だ。
そしていろいろ LOOP について調べていると、そのカスタマイズした運行こそが最大のメリットで、マスク氏率いる Boring 社はそれを武器に今後世界各地にこの新交通システムを売り込もうとしていることが見えてくる。
実際にロサンゼルス、シカゴ、ワシントンDC などでは具体的な話が持ち上がっており、今回の LOOP はここベガスで採算ベースに乗せることよりも、世界各地へ売り込むためのデモ用の実験線という意味合いが強いのではないかと思えてくる。常に突拍子もない独創的なことを考えているマスク氏ならではの壮大な戦略なのかも知れない。
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