先週ラスベガスの経済界に大きなニュースが走った。その内容は、カジノ大手の Las Vegas Sands 社 が、同社がラスベガスに保有する大型カジノホテル「ベネチアン」、「パラッツォ」などを売却してラスベガスから撤退するというもの。撤退後はマカオやシンガポールなどアジアのマーケットに注力するとのこと。
業界的には非常に大きなニュースではあるものの驚きはほとんどなく、ラスベガスでは総じて冷静に受け止められている。というのも、半年ほど前からサンズ社自身が売却を検討していることを公表していたからだ。
当サイトでもそのことをバックナンバー 1228号、1229号 で取り上げており、この話題は今回で3回目ということになってしまうが、日本の某メディアからこのたびの売却劇に登場する会社に関して質問があったのと、サンズ社とニューヨークのマディソンスクエアガーデンのコラボレーションとして現在ラスベガスで建設が進められている地球型多目的ホール「MSG Sphere」の成り行きに関する質問が読者からあったので、今週はそれらについて書いてみたい。
まずは今回のニュースの主役である Las Vegas Sands 社について。
ニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場している同社は時価総額においてライバルの MGM Resorts International 社、Wynn Resorts 社、Caesars Entertainment社を上回り、業界最大手のカジノ企業として知られる。
ちなみに各社の時価総額はそれぞれ Sands、MGM、Wynn、Caesars の順に日本円換算で約5.1兆円、2.0兆円、1.7兆円、2.2兆円($1=110円で換算)となっておりサンズ社が飛び抜けて大きい。
創業者は全米屈指の大富豪シェルドン・アデルソン氏だが、残念ながら今年の1月に 87歳で他界してしまった。(アデルソン氏の訃報に関してはバックナンバー 1240号 に掲載)
同社はラスベガスではベネチアン、パラッツォ、そしてこれらホテルに隣接するサンズエキスポ・コンベンションセンターを所有しており、このたびそれら施設をすべて売却することになったというから、社名にこそ「Las Vegas」が含まれてはいるものの、もはや事業場所的にはラスベガスとは無関係ということになってしまう。
なおアデルソン氏はラスベガスで同社を創業したのち、マカオにも進出することを決断。現在同社はマカオにおいてベネチアンサンズ、サンズマカオ、プラザマカオ、ロンドナーマカオ、パリジャンマカオなどラスベガス以上に手広く事業を展開しており、すでに何年も前からラスベガスよりもマカオのほうが売上比率が高い。
ただしこれら在マカオのカジノホテルは、香港証券取引所に上場している子会社 Sands China Ltd 社 が運営しており、Las Vegas Sands 社が直接的に関わっているわけではない。ちなみにシンガポールにある独創的な形状の建造物として名高いマリーナベイサンズもアデルソン氏のレガシーだ。
なお参考までに、現時点においては Sands China Ltd 社 も Las Vegas Sands 社も今回の売却劇の前後で株価に大きな変動は見られない。
さて今回のその売却劇でバイヤーとして登場するのが Vici 社 と Apollo 社だ。それぞれ子会社なども関与しているばかりか、購入資金の出どころや買い取り方法などかなり複雑な取引でもあるが、簡単に言ってしまえば Vici 社が不動産の部分を、Apollo社がカジノホテルの運営の部分を、それぞれが日本円換算で約4400億円と約2500億円でサンズ社から買い取ることになっている。
この「不動産の所有」と「運営」の分業はアメリカではまったく珍しいことではなく、このコーナーのバックナンバー 1229号 で紹介した MGM Growth Properties 社(カジノホテルの所有)と MGM Resorts International 社(カジノホテルの運営)の関係もまさにそれで、今後はこのような形態のビジネスが益々増える可能性が高い。
ちなみに Vici 社はカジノ物件に特化しているいわゆる REIT(real estate investment trust)で、シーザーズパレスなどラスベガスに複数のカジノホテルを不動産として保有しており、この業界での存在感は極めて高い。もちろん REIT なので運営に関わることはなく、運営は Caesars Entertainment 社が担当。つまり両社は賃貸料を受け取る側と支払う側の関係にある。
参考までに Vici 社も Apollo 社も NYSE に上場しており、ティッカー(銘柄コード)はそれぞれ VICI と APO で時価総額は 1.7兆円と 2.3兆円の大企業だ。
余談だが、Apollo 社はウォールストリートでは利回り6%以上の超高配当銘柄として名高い。Vici 社も 4.5%以上とこれまた高配当銘柄だ。
さて、ここまでは投資家しか興味がないような話題ばかりになってしまったが、一般読者にとって気になるのは冒頭でふれた地球型多目的ホール「MSG Sphere」の建設工事の進捗状況だろう。
この建造物に関する詳しい情報はバックナンバー 1131号 を参照していただくとして、今回の所有権の移転などで工事が打ち切られてしまうのではないかと不安に思っているラスベガスファンの読者も少なくないと思われるが、幸いにも写真の通り現時点では建設は続けられているので、とりあえず安心してよいだろう。たぶんそのまま Vici 社と Apollo 社が所有も運営も引き継ぎ完成に至るものと思われる。
むしろ心配すべきは完成後、コロナによる入場者制限やエンターテインメント業界の冷え込みなどで、コンサートやイベントなどで使用される機会があるのかどうかという部分かもしれない。コロナの終息を願うばかりだ。
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