今週は、じわりじわりとアメリカ全土に広まりつつある「寿司ブリトー」に関する話をしてみたい。(上の写真は寿司ブリトー店 Poukei のウェブサイトから)
寿司ブリトーとは、「和食の寿司とメキシコ料理のブリトーを融合させた食べ物」などと称されることが多いが、もう少し説明が必要だろう。
というのも、「寿司とブリトーの融合」というと、のりの代わりにブリトーの皮、つまり小麦粉で作られたトルティーヤで、コメや具を巻いたものを想像してしまいがちだが、必ずしもそうとは限らないからだ。いや、普通はトルティーヤを使わない。
まだブームになり始めてから1~2年しかたっていないため、寿司ブリトーの明確な定義のようなものは完全には定着しておらず、トルティーヤで巻く場合もあるようだが、一般的にはのりで巻くのが普通だ。もしくはアメリカの寿司店でよく見かける Soybean Paper(黒い色の海苔が苦手な人のために考案された大豆で作られた巻き寿司用のシート。Soy Paper、Soy Wrapper などと呼ばれることも)で巻くことが多い。
であるならば、「寿司とブリトーの融合というよりも、巻き寿司そのものではないか!」と言われてしまいそうだが、たしかにその通りで、材料的には巻き寿司そのものだ。
とはいうものの、少しはブリトーの要素も残されているので、「100% 巻き寿司!」と決めつけるのはまだ早い。
ではブリトーの要素とは何か。それはカタチだ。寿司ブリトーは、ブリトーのように非常に太く、切り方もブリトーそのもの。
ちなみに本場メキシコにおいてもアメリカにおいてもブリトーの太さに決まりはないようだが、平均するとアメリカのブリトーのほうが総じて太いとされており、そしてそれを紙でくるんだあと、そのまん中で斜めにカットして、サーブされるのが一般的なアメリカのブリトーだ。
寿司ブリトーはまさにそのようなサイズやカタチになっており、見た目はアメリカ版ブリトーとほとんど違いはない。つまり材料的には太巻きとほぼ同じだが、日本の太巻きは一口サイズに切ってあるのに対して、寿司ブリトーは両手でしっかり持ち、大きな口を開けながら、かぶりつくようにして食べる必要があるので、食べ方としては限りなくブリトーに近い。
「ならば太めの恵方巻きではないか!」と言われそうだが、それに対する反論はむずかしい。
ただ、恵方巻きではたぶんあまり使用されることがないであろう具材の部分において、この寿司ブリトーにはメキシカンな要素が含まれているので、「寿司ブリトー = 太めの恵方巻き」と決めつけることには無理がありそうだ。
たとえば寿司ブリトーにおいては、具材としてアボカド、サルサ、レタス、トマト、チーズ、サワークリーム、クリームチーズといったものを使うバリエーションもあったりする。そうなるともはや完全にメキシカンの要素のほうが強く、寿司の要素はコメと海苔だけになってしまい、この食べ物の名称にブリトーという言葉が含まれていても何ら違和感はない。
さて説明が長くなってしまったが、そんな寿司ブリトーが昨年あたりから静かなブームとなっており、全米各地にこれを扱う店が出現し始めている。ラスベガスも例外ではなく、郊外にはすでにこの種の店が存在しており、そしてこのたびついにストリップ地区のホテル街にも寿司ブリトーの店が出現した。
あまりにも急ピッチな広まり方を見ていると、寿司やラーメンと同様、アメリカ全土で当たり前のように食されるフードとなる日も、そう遠くないような気がしてくる。そして特にブームの追い風となっているのが、以下に示す ヘルシー、ボリューム、値段 という3つの要素だ。
炭水化物のかたまりともいえるコメを主体とした寿司をヘルシーと呼ぶことには疑問や反論もあるだろうが、アメリカ人の多くは寿司をヘルシーな食べ物だと思っている。そして高カロリーな具材が中に入っていようが、寿司ブリトーもヘルシーフードと考えているようだ。肥満大国アメリカにおいて、ヘルシーという概念は非常に強力な追い風となる。
ボリュームにおいても寿司ブリトーは人気が高い。というのも、体格のいいアメリカ人男性にとって、一般の寿司はボリュームに欠けるらしい。たしかに、スーパーマーケットやテイクアウト店で売られている寿司セットの量は大男にとって十分ではないだろう。
一方、寿司ブリトーは非常に大きく、大男の食欲を満たしてくれる。そもそも上品に食べることがほとんど不可能な寿司ブリトーは(かぶりついた際、ほぼ間違いなく中身の具が飛び出し、手や周囲を汚す)男性向けの食べ物としてクリエイトされたのかもしれない。
そして値段。ヘルシーとされる寿司は、女性はもちろんのこと男性からも支持を得ているわけだが、体格のいい男が空腹を満たすとなると、寿司店では料金的に高すぎ行きにくいのが現状だ。均一料金で食べ放題の寿司店はラスベガスでは珍しくないが、他の都市ではそれほど多くないと聞く。寿司ブリトーは、低料金で寿司を食べた気にさせてくれるという意味で、価格重視派の寿司ファンにとってはありがたい存在というわけだ。
寿司ブリトーが今後どのように広まり、そして内容もどのように進化していくのかまだ未知の部分が多いが、日本における恵方巻きよりは広まる合理性があるように思えるので、たぶんそれなりの存在感を示しながら、寿司の延長線上のカジュアルフードとして定着するのではないか。
そして日本でも、「おにぎらず」というライバルが存在しているが、カリフォルニアロールが定着しつつあるように、「アメリカからの逆輸入寿司」といったふれ込みでヒットするような気がしないでもない。
いずれにせよ、ベガス旅行を予定していて、なおかつ流行を追いかけることが好きな者は、この奇妙なアメリカンフードを以下の店で体験してみるとよいだろう。
今回取材した店は、2ヶ月ほど前にプラネットハリウッドホテルに隣接する大型シアター The Axis の入口の右横にオープンした POUKEI。(1枚上の写真)
どんぶりもののメニューもあるが、ここは必ず寿司ブリトーに挑戦するという前提で説明すると、壁に掲示された4枚のメニューボード(写真上)の中の一番右側のメニューからオーダーすると簡単だ。(右から二番目のメニューも寿司ブリトーではあるが、具材、コメ、のり、野菜、ソースなどを自分で組み合わせるタイプなので、オーダー方法がやや複雑)
そこには、マグロ、ハマチ、サーモン、エビなどのシーフード系の具材から、チキン、ビーフ、さらにはアボカド、ハラペーニョなどのメキシカンな具材まで、さまざまな組み合わせが用意されており、$7.95 から $11.95 まで8種類の寿司ブリトーがリストされている。その中から好きなものを選べばよい。
その際、コメを白米にするか玄米にするか、海苔にするかソイペーパー(Soy Paper)にするかを聞かれるので、それも指定する必要がある。(なお今なら、プラネットハリウッドホテルのルームキーを見せると 20% 引きになる)
数種類ためしてみた結果の感想としては、どれもアメリカのファーストフードとしては十分すぎるレベルにあったように思える。ただ、やや味付けが薄い感じがした。オーダーしてからの手作りなので、たまたまその時の担当者によるバラツキなのかもしれないが、もし薄いと感じた場合は、箸やナプキンが置いてある場所の奥にヤマサの醤油があるので、それを使うとよいだろう。
いずれにせよ、「わざわざ高級店に食べに行くほどではないが、和食の味に恋しくなった」といった状況において、ホテル街から出ずに手軽にその食欲を満たしたい場合は、かなり利用価値がある店といってよいのではないか。
あと気づいたこととしては、オーダーしてから出来上がるまでの時間が長すぎるということ。
寿司職人ではない一般のスタッフにとって、海苔の上にコメを置き、メインの具材を 3~4種類、野菜やソースを含めたら10種類ほどになる材料を容器から一つ一つ取り出し、それを巻いて完成させるのは大変なことで、時間がかかるのも理解できないわけではないが、一つの寿司ブリトーに3分ほどを要し、一人の客に10分、15分かかってしまうというのはいただけない。
待つことが苦痛というよりも、ファーストフード店でそれだけ時間をかけていたらビジネスとして採算が取れないのではないかという心配のほうが大きくなってしまう。まぁそれは我々が心配することではないが、客を長い時間待たすことは、店にとっても客にとっても良いことではないだろう。改善を期待したい。
なお余談になるが、たくさん陳列してあった缶入りドリンク類のほとんどがキリンビールなど日本のドリンクだったので、オーナーもてっきり日本人かと思いきや、在ベガスの韓国人とのこと。最近は一般の寿司店でも日本人よりも韓国系のオーナーのほうが目立ってきていることを考えると、自然な成り行きなのかもしれないが、こと寿司に関する分野においては日本人にもっと頑張ってもらいたいものだ。
彼にとって、この POUKEI は1号店で、2号店などはまだ存在しないが、フランチャイズ展開などで多店舗化も検討しているとのこと。営業時間は 11時から23時まで。ただし金曜日と土曜日の夜は深夜2時まで。
ちなみに寿司ブリトーの専門店としては、すでに多店舗展開している Sushirrito や UMA TEMAKERIA などがあるが、それぞれまだサンフランシスコ周辺、ニューヨーク周辺にとどまっているようで、チエーン店としての寿司ブリトー店のラスベガス進出はまだ確認できていない。
なお、この週刊ラスベガスニュースの 970号で特集した Ramen-Ya も寿司ブリトーを始めたと聞くので、それに関してはまた日を改めて紹介してみたい。