週刊ラスベガスニュース バックナンバー   2009年 03月 18日号
オバマ政権、ユッカマウンテンをそんなに簡単に葬っていいのか
 今週はラスベガス観光とはまったく関係ない硬派な話題を。

 地理的な "当事者" であるラスベガスのみならず、全米が、いや全世界が注目する核廃棄物のための巨大地底施設 「ユッカマウンテン計画」。
(ユッカマウンテン計画について知らない場合は、それをキーワードにして検索するか、もしくはこの週刊ラスベガスニュースのバックナンバー488号の訪問レポートなどを参考にしてください。なお、このページに掲載されている写真はすべてそのときのレポートの際に米国エネルギー省から提供を受けたものです)

 これはラスベガス周辺地区の単なる雇用問題や原子力業界だけの関心事ではない。政治、経済、科学、産業、環境、それらすべての分野の英知と利害が複雑にからんだ巨大プロジェクトであると同時に、人類の将来を左右しかねない地球規模の案件だ。
 事実、「100万年先の人類への影響や安全性」 といった宇宙的スケールの議論までもがアメリカ政府や議会で飛び出しており、いかに壮大なプロジェクトであるかがうかがい知れる。
 そして過去約10年、すでに日本円で兆の単位の予算がつぎ込まれ、人類史上最大級の土木工事ともいわれるその施設はほぼ完成に近づきつつあり、あとは運用開始を待つだけだ。
 そんなプロジェクトをオバマ大統領はいとも簡単に打ち切ろうとしているが、はたしてそれでいいのか。今週は、その打ち切りの是非と、日本での報道について書いてみたい。

 3週前のこのコーナーで、日本で盛り上がっているワールドベースボールクラシック(WBC) が、アメリカではあまり報道されていないと、日米のメディアにおける温度差について書いたが、ユッカマウンテンの場合はまったく逆だ。
 アメリカでは新政権誕生後、オバマ大統領による世紀の決断として連日話題になっているが、日本ではほとんど報道されていない。
 ちなみに日本のNHKニュースはケーブルや衛星放送で当地でもリアルタイムに視聴できるが、「松井がオープン戦でヒットを打った」、「石川遼がアメリカへ出発」 などは報道されても、ユッカマウンテンの話題が取り上げられることはまずない。
 他国のことだからか。そうではなさそうだ。日本のメディアは、日本人選手が参加していなくてもアメリカンフットボールやヨーロッパのサッカーなどの試合結果を逐一報道している。では政治的な内政問題だからか。これもそうではなさそうだ。GM、フォード、AIGの救済問題などは毎日日本でも報じられている。

 そもそもこのユッカマウンテン計画は日本にとっても他人ごとではない。日本はアメリカ、フランスなどと並ぶ原発大国で、日本でもすでに核廃棄物問題は避けて通れない課題となっているばかりか、自国で解決できなければユッカマウンテンの世話になることもあり得るといった状況だ。
 にもかかわらずまったく報道されないのは、六ヶ所村でのプロジェクト(こちらは廃棄物処理ではなく核サイクル施設だが) などを抱える日本の原子力政策において、ユッカマウンテンでアメリカの世論が二分していることなどにはふれたくないということか。
 ちなみに現在フランスのシェルブールで騒動となっている日本向けプルサーマル用のプルトニウムの積み出しに対するグリーンピースの抗議活動などの報道も、松井のヒット以下の扱いだ。
 どこの国でも原子力の話題は腫れ物をさわるような問題で、できれば避けて通りたいという状況は理解できるが、これだけの規模のプロジェクトの行方は日本も関心を払うべきだろう。大気汚染や地球温暖化が騒がれている昨今、煙や二酸化炭素を出さない原子力は最も現実的なクリーンエネルギー源であり (白い煙を大気中に出す方式の原発もあるが、あれは放熱のための水蒸気が冷却され霧状になったもので煙ではない)、その事実を直視すればどこの国も無視できないはずだ。

 さて日本での報道に関してはそのへんにしておいて、2月26日にオバマ大統領が議会に提出した2010年予算教書で、ついにユッカマウンテン計画の打ち切りが鮮明になってきた。
 さらに3月5日にエネルギー省長官のスティーブン・チュー氏(Steven Chu) も打ち切りを断言するなど、もはやこの計画は風前の灯だ。その答弁の際、大統領選でオバマ氏と戦ったマケイン氏はチュー氏に対して、「What is wrong with Yucca Mountain?」(ユッカマウンテンのどこが悪いのか?)と何度も何度も同じ言葉で質問する様子が全米に報道されたが、チュー氏は特に反論するわけでも具体的なアイデアを示すわけでもなく、「代替地を探す」 といったあいまいな態度でその場をしのいでいた。

 オバマ氏は当選する前の選挙戦でも公約としてこのユッカマウンテン計画には反対の立場を示しており、今回の流れは想定内という意味ではだれも驚いていないが、環境問題に取り組むことを旗印にしている政権の張本人としては心がかなり揺れ動いているのも事実のようだ。太陽光や風力に関しては積極姿勢を示す一方、原子力に関しては直接的なコメントを避け、それでも経済性などにおいて太陽光や風力だけに頼ることがむずかしいことを熟知しているのか、原子力発電所の建設などには特に反対姿勢を示していない。むしろ容認する方向に傾いており、新規の原発建設が実際に認可されている。にもかかわらず、「ユッカマウンテンはいらない」 との選挙公約に固執しており、その方針には合理的理由としての整合性や一貫性が感じられない。二酸化炭素は出したくないが、反対派の顔色もうかがいたい、といったところか。

 ちなみに表向きの反対理由は、核廃棄物を全米各地の原発からユッカマウンテンへ運ぶ輸送経路がテロの標的になりやすい、地下に活断層があり地震で核廃棄物のカプセルが破壊されて地下水などに流出する恐れがある、近隣の場所に先住民族が生活している、などとなっているが、テロの標的などは他の場所に建設しても同じことがいえ、地震や先住民族の問題も何年も前に議論した末に着工したはずだ。
 それを今になって反対理由としてぶり返していること自体、今回の打ち切りは技術的理由よりも政治的理由 (ネバダ州を中心とする反対勢力や、火力発電に必要な石炭業界などとの複雑な利害がからんでいるなど、さまざまな憶測が飛び交っている) であることは明らかで、共和党などからは 「問題の先送り」 と厳しく批判されている。たしかに、原発自体を否定せずに、その一方で代替地に関する具体的な方針を示さずに反対するのは無責任といわれても仕方がないだろう。家庭のゴミでも核のゴミでもゴミは必ず出る。必ずどこかで処理するしかない。処理場が必要か必要でないかの議論ではなく、どこで処理するかの問題であり、そのどこかのビジョンを示さずに既存の案を葬るのはいかがなものか。せっかく世界中から多くの支持を集め発足した人気のオバマ政権だけに、こういったことで評価を落とすのは残念だ。

 原発は非常にクリーンなエネルギー源ではあるが、ひとたび事故を起こせば怖いのも事実で、また、実際にチェルノブイリやスリーマイルが反対派のみならず多くの人々にとってトラウマになっているのも事実。それでも石炭や石油を燃やし大量の黒煙を吐き出す火力発電が環境にいいわけが無いことはだれの目にも明らかで、人類の英知を結集させ原発を推進させるしかないのが低炭素社会における現実だろう。

 雇用問題と結びつけるべきではないが、現在の流れが最終確定となれば、10年以上も前からユッカマウンテンの実現に向けて準備してきたラスベガス一帯に住む関係者は失業問題に直面することになる。納得できる理由が示されての打ち切りならばあきらめもつくだろうが、そうではないだけにすっきりしない部分も多く気の毒だ。もちろんラスベガスの中にこそ反対派が多く、今回の中止による地元への悪影響をラスベガスが騒ぐのもへんな話だが、時間軸的にも予算的にもあまりにも壮大なプロジェクトだけに、もっと議論を重ねるべきだったような気がする。もちろん今からでも遅くはない。
 すでにつぎ込んだ兆というレベルの税金を無駄にする決断が、GMやAIGの救済に必要な膨大な費用で金銭感覚の麻痺のようなカタチで影響しているとしたらそれは残念なことだ。
 いずれにせよ、オバマ大統領の決断は、麻生総理が給付金を受け取るか受け取らないかの決断よりも社会性のある話題のはずで、日本のメディアももっとこのラスベガスを舞台にした騒動に注目してもらいたかった。

 晴天が多い砂漠性気候のラスベガス一帯は土地も豊富なため太陽光発電や風力発電の分野でも世界の中心地となりつつあり、実際に大規模な建設や計画が具体化されてきている。カジノやエンターテーメントだけでなく、クリーンエネルギーの分野においても世界をリードするラスベガスおよびネバダ州を今後も伝えていきたい。

[補足]
 これまでの動きやオバマ氏の考え方などを日本語で詳しく知りたい場合は、日本原子力研究開発機構(JAEA)のニュースレポートを、100万年の後の安全性などの議論は日本の原子力安全委員会の分科会における梅木氏の米国環境保護庁(EPA)に関するレポートがわかりやすい。


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