週刊ラスベガスニュース バックナンバー   2008年 10月 01日号
クリスエンジェルとシルク、組み合わせそのものが失敗か?
 9月26日、人気マジシャン、クリス・エンジェルのナイトショー "Criss Angel BELIEVE" が、ピラミッド型ホテルとして知られる LUXOR (写真右、クリックで拡大)で始まった。
 良くも悪しくもこれほど長らく待たれ、なおかつあれこれ話題になったショーは珍しい。今回の初公演自体も、チケット発売開始後に公演予定が取り消されるという騒動が2度も繰り返されたあとの 「3度目の正直」 で、まさに 「待ちに待った待望のショー」 といってよいだろう。

 計画が持ち上がるまでの経緯も長かった。じつはこのクリスエンジェル (写真左)、もともとはニューヨークなど東海岸を拠点としていたマジシャンだが、2000年の時点ですでにスティーブウィン (ミラージ、トレジャーアイランド、ベラージオなどの人気ホテルをクリエイトした人物で現在はウィンラスベガスの会長) に声をかけられラスベガスでの常駐公演の話が何度か噂されたことがあった。
 結局さまざまな事情があってそのときの話は流れ、結果的にクリスはステージよりもテレビに軸足を移すことになるわけだが、露出度という意味でのテレビの影響力は絶大だったようで、その特徴的な風貌で女性ファンのハートをつかむことに成功したのか、彼の名は一躍有名になった。今では、全盛時代を過ぎたデイビッドカッパーフィールドや、オーソドックスなスタイルがウリのランスバートンなどの先輩マジシャンよりも明らかに注目度も話題性も高く、米国マジック界のトップランナーとして活躍している。
 プライベートな部分においても超一流ぶりを発揮しており、人気歌手ブリトニースピアーズや女優キャメロンディアスとの恋仲など、芸能雑誌が喜ぶようなゴシップにもこと欠かない。ちなみに年齢は見かけほどは若くなく、マジシャンとしてはちょうど油が乗りきった40才。

 そんな人気者の常駐ショーということで話題が大きくなるのは当然だが、さらに忘れてはならないのが、人気サーカス団シルクドゥソレイユの存在だ。つまりこのショーは両者のコラボレーションとして誕生したもので、スティーブウィンでも成し得なかったクリスの常駐ショーをシルクが実現したのである。
 ちなみにシルクはすでにラスベガスで常駐ショーを5つ持っており (Mystere、O、Zumanity、KA、Love)、これが6作目。さらに、現在建設が進められている大型複合施設「シティーセンター」でのエルビスプレスリーをテーマにしたショーの計画もあり、ラスベガスでのショービジネスにおけるシルクの存在感は圧倒的だ。

 人気のクリスとシルクが組めば当然のことながらメディアからの注目度も大きくなり、その論調が気になるところだが、初公演後のこのショーに対する評判は残念ながら芳しくない。
 地元最大の日刊紙ラスベガスリビュージャーナルはすでに異例とも思われる大きなスペースをさいて論評記事を掲載しているが、一般客の感想なども紹介しながらのその記事は最初から最後まで酷評だ。もっとも、今回始まったのはプレビュー公演、つまり本公演を始める前のテスト的な公演で、不具合などがあったら改良していくという条件で始めたものであることを考えると、今の段階での一方的な酷評はきびしすぎるかもしれない。ちなみに本公演は10月31日から始まる。

 そのような事情もあり、1日でもあとのほうが不具合が修正されて完成度が高まることを期待し、9月30日の公演に足を運んでみたわけだが (それよりあとの公演日ではこの記事の締め切りに間に合わない)、結果はリビュージャーナル紙の論調ほどではないものの、あまり感動できるレベルのものではないというのが正直な印象だ。
 何が悪いかというと、個々の細かい演出よりももっと根本的な部分、つまりクリスとシルクの組み合わせ自体に問題があるように思えてならない。どちらが悪いということではなく、両者は一緒にやるべきではないという印象を受けた。
 実際に観る前までは、クリスの豪快なイリュージョンとシルクの幻想的な演出が組み合わされば、さぞかしすばらしいものになるだろうと思っていたが、実際はまるで逆だった。つまり 1 + 1 が 3 や 4 になることを期待していたが、結果的には 1 以下だ。
 ようするにマジックショーは始めからマジックショーとして見たほうがわかりやすく、またサーカスやアクロバットも始めからそれとわかって見たほうが楽しい。
 たとえば役者が空中に浮き上がっても、あらかじめそれがサーカスなのかマジックなのかわかって見ていないと、驚きも感動もない。同様に、シルクのダンスだと思って見ていたダンサーがひとりぐらい突然消えてもなぜかビックリしない。
 予測できない未知の未来、つまり何が起こるかわからない状態のほうがより一層感動できるようにも思えるが、意外にも実際には逆であることがこのショーでわかった。
 人体が二つに切断されることがわかっていて、やっぱり切断されたときに人は 「へぇー」 と思い、消えると思っていた人物が実際に消えると 「どうしてだろう」 と感動できるが、マジックをやりそうもないダンサーがいきなりそれらをやってのけても、「今のはマジックだったのね」 程度であまり感動できないばかりか、場合によっては見過ごしてしまうことすらある。
 食べ物にたとえてみるとわかりやすい。クリスが寿司、シルクがスイーツ。マグロ、イカ、ハマチ、ウニ、これらはどんな順番に食べてもうまい。同様にケーキ、シュークリーム、プリン、アイスクリーム、どれもうまい。しかし、マグロの次にケーキを出され、イカの次にシュークリーム、ハマチ、プリンと出されると、もはや次に対する 「予測できない期待感」 とか 「ワクワク感」 などまったくなく、どんなにうまいウニが出てきても、すでに味覚センサーが混乱しておりうまいと感じない。寿司とスイーツの混在がダメなように、今回のショーを観てマジックとサーカスも混ぜるものではないことがよくわかった。

 組み合わせの失敗だけでなく、このショーはクリス自身にとっても理想の環境ではなさそうだ。
 現在のクリスは、自身のそのテレビ番組 「マインドフリーク」 (ケーブルテレビ局 A&E Network) の中で、神秘性やカリスマ性を含めた一種独特なイメージを定着させてきたわけだが、当然のことながら一般の多くのファンはそんなクリスの姿を今回のステージでも期待してしまう。
 しかしその番組内でのマジック (たとえば空中歩行、水上歩行、緊急脱出など) は、屋外で群集を前にして披露するストリートパフォーマンス系のものが多く、それらはクリス本人のみならず群集のサポートやハイテク技術を駆使して作られた映像エンターテーメント、つまりそれは路上というライブで見せるパフォーマンスのように見えるが、じつは単なる撮影現場であり、クリスのマジックはあくまでもテレビで放映して見せるために作られているものがほとんどだ (例外もあるが)。
 もっとわかりやすく言ってしまえば、その番組は、「路上で披露されている彼のマジックをテレビでも放映している」 のではなく、あくまでも 「テレビで楽しむための番組映像を、路上パフォーマンスという形の撮影現場をセットして制作している」 ということになる。

 したがってクリスのマジックは高度な撮影技術やカメラワークなどがあって初めて成り立つものが多く、そう考えると、個々の観客が同一方向からノーカットで連続して見ることになるライブステージで、テレビと同種のマジックを披露することは極めてむずかしい。
 このことは、「テレビを通じて伝える映像マジック」 という分野を開拓し、それを自身の持ち味として定着させ成功したクリスにとって非常に大きなハンデで、もはやライブステージは彼の型ではないといってよいのではないか。
 結果的に、今回のショーで披露できるマジックは、クリスにとっての一昔前のステージ型パフォーマンスになってしまいがちで、実際に、手からハトを出すような古典的なマジックもやっていた。クリスのファンはそんなマジックを期待していないはずで、結局、観客の反応もいまひとつという状態になってしまっている。参考までに、最後のほうのシーンで披露されるクリス自身が自らの身体を二つに切るイリュージョンは、彼のテレビ番組でも見られる「最もクリスらしい演出」のひとつといってよく、この部分だけは珍しく観客も盛り上がっていた。
 クリスのためにあえていうならば、ステージショーはせっかく築き上げた彼のイメージを壊すだけのように思えてならない。テレビでできることとステージでできることはまったく別で、彼はステージでハトなどを出している場合ではないし、華麗なシルクのダンサーと一緒に踊って美などを追求している場合でもない。そのロックバンドスターのような自慢の風貌をテレビの大画面に映しながら豪快な緊急大脱出劇や瞬間移動などを演じるのが彼の持ち味で、それをやっていかなければマジシャン生命が終わってしまう。
 そもそもライブステージでは、彼のセクシーな顔をハッキリ認識できるのは前列のほんの一部の観客だけで、せっかくの「資産」を生かしきれていないことになる。テレビスターであることを再認識し、自分のためにも、夢を追うファンのためにもテレビに回帰し、そこでカリスマ性を思う存分発揮すべきだろう。

 そのようなわけで今このショーが抱える問題は、プレビュー期間内に調整すればなんとか解決できるというような簡単なものではないので (ハトを封印し、そのハトをランスバートンに譲るぐらいのことは簡単にできるが)、今後このショーの評価が急激にアップすることは考えにくい。
 したがって、テレビでの豪快なクリスを期待することなく、またシルクの華麗なるサーカスも期待することなく、大きな期待をせずに気軽な気持ちで足を運べば、そこそこ楽しい時間をすごせるかもしれないが、そうではない場合はガッカリさせられる可能性が高い。

 会場は、かつてブルーマンが行われていたシアターで、基本的なサイズなどは当時と同じ。客席空間の左右の幅はそれほど長くないが、奥行きが深くなっているのがこの劇場の特徴で、後方の席からはステージがかなり遠くなる。座席選びの際は、左右の位置関係よりも、前後の奥行きを気にしたほうがいいだろう。なお、すべての座席がワンフロアの中にあり、2階席はない。そのフロアの傾斜は十分すぎるほどあるので前の人の頭がじゃまになるようなことはまずない。
 公演日時は金曜日から火曜日までの毎日 7:00pm と 10:00pm の2回で、水曜日と木曜日は休演。チケット料金は 5段階で、$59、$79、$99、$125、$150。これら料金にエンターテーメント税が 10%、さらに手数料 $3.50 が加算される。なお、10月28日までのプレビュー期間中は25%割引。チケットは公式ウェブサイトもしくは劇場前のボックスオフィスで買うことができる。
 最後に、このショーでは、カメラやビデオはもちろんのこと、携帯電話も持ち込みが禁止となっており、それらを所持している場合は入口の前で預けなければならない。最近は無断で撮影した写真や映像をブログや動画投稿サイトなどで掲載する輩が多く、主催者側が所持品に神経を尖らせることも理解できないではないが、ほぼ全員が持っている携帯電話の持ち込み禁止は作業的にも効果的にも現実的ではないのですぐに見直すべきだろう。性能が良いとは言えない金属探知機による検査をくぐりぬけ携帯電話を持ち込んでいる者が多くいる現状では、見つかった者と自己申告した者だけを対象に預かっても意味がない。


バックナンバーリストへもどる