週刊ラスベガスニュース バックナンバー   2007年 12月 19日号
カジノチップに鉛! 健康被害はないが順次交換で事態収拾か
 「カジノチップに鉛が含まれている!」 業界全体を巻き込むスキャンダルにもなりかねないそんなニュースが 11月初旬にラスベガス以外の都市アリゾナ州フェニックスから発信された。
 そしてその約半月後、ラスベガスで開催されたカジノ業界最大のコンベンション Global Gaming Expo でも、当然のことながらこの問題が関係者の間で 「静かな話題」 となった。
 それでもそのコンベンションでは、当事者GPI社 (Gaming Partners International。ラスベガスのカジノチップをほぼ独占的に製造しているメーカー) のブースはもちろんのこと (写真左)、他の関連業者も表向きには平静を装いながらいつもどおりの展示を続けたためか、この問題が、新製品を華々しく派手に発表する各スロットマシンメーカー(写真右下)の話題を超えて目立つようなことにはならなかった。
 その後もラスベガスの各メディアが大きく報じることはなく、とりあえず業界内だけの話題として収束するかのように見えた。
 ところが 12月 4日、沈黙を破って地元有力紙 Las Vegas Sun が2ページに渡る特大記事として取り上げると、一般市民のレベルにまでこの問題が知れ渡り、今では地元民の間でちょっとした関心事となっている。

 話を進める前に、まず鉛についてふれておこう。金、銀、銅などに比べ安く手に入りやすいばかりか、やわらかく加工しやすいという特徴もあり、鉛が人間社会にかかわってきた歴史は長い。
 その用途は多岐に渡っており、水道管など金属としての性質を生かした各種製品はもちろんのこと、独特な発色性から陶磁器やガラスなどの工芸品、さらにはその化合物に甘味があるとのことからワインなどへの添加物、そして近代ではエンジンを傷めにくいなどの理由でガソリンにも鉛化合物として添加されてきた。
 その一方で、有害性も古くから指摘されており、今では塗料の分野などでは使用がきびしく制限され、また有鉛ガソリンは一部の国を除きすでに無鉛ガソリンに置き換わっている。
 そんな状況に置かれた鉛だが、この有害性の部分については見解がさまざまで、規制に関してもあいまいな部分が少なくない。釣具のオモリに代表されるように、有害物質であるにもかかわらず、流通や使用がほとんど野放し状態なのも鉛の特徴で、いまだに純度の高い鉛を一般市民が手にすることは簡単だ。手でさわるどころか、口にする水が通る水道管においても、古い家ではまだ鉛管が残されているという。
 その一方で、玩具などに使われている塗料から微量の鉛が検出されたことがニュースになるほど、鉛に対して敏感になっているのも事実で、一般市民にとって鉛の毒性についてはわからない部分が少なくない。
 とりあえず現時点では、「鉛はまちがいなく有害だが、さわる程度ですぐに生命が危険にさらされることはない。それでも成長過程にある子供は影響を受けやすいので玩具などへの使用は避けることが望ましい」 といったあたりが各国の共通認識といったところか。

 さて話はカジノチップに戻るが、この問題を最初に取り上げたのは、アリゾナ州の保健局のレポートを報道したフェニックスのローカルテレビ局。その内容は、「ラスベガスなどで広く使われているカジノチップに、健康被害が心配される量の鉛が含まれている」 というもので、その報道によると、米国政府が塗料などに定めている安全規準の約40倍の濃度の鉛が検出されたという。
 GPI社側は、「通常の使用において害があるということは考えられない。また最近のものはそれほど多く含まれていないので、保健局はかなり古いチップを調べたのだろう」 と、安心していいような悪いような歯切れの悪いコメントを残している。
 ちなみに現在アメリカでは、塗料などに対する安全規準や、玩具業界における自主規制などはあるが、一般の商品に対する鉛の含有量に規制はなく、とりあえず GPI社が法律を犯している可能性は極めて低い。
 また Las Vegas Sun も、「通常の使用において、健康を害するほど手から体内に吸収されることはない」 という専門家の見解を掲載しており、現時点では大きな騒ぎになる気配はなく、実際に健康被害も報告されていない。
 それでもカジノディーラーの一部は、「玩具では回収騒動になるのに、カジノチップでは回収しないというのはおかしい」 といった動きも見せており、今後この問題がどのような方向に進むのか予断を許さない状況だ。チップメーカーやカジノホテルに対する集団訴訟にでもなれば大きな問題になるだろう。

 通常の使用では問題がないと言われても、気になってしまうのが人情というもの。
 そこで、その鉛入りのカジノチップがどこでどのように使用されているのか、業界の事情に詳しい専門家に聞いてみた。
 取材に応じてくれたのは、カジノチップを製造販売する日系企業 Matsui Gaming Machine社(本社東京/社長・松井隆)の米国法人の責任者、森氏。

 森氏によると、カジノチップにはその材質や製造方法によっていくつかのタイプに分かれており、主なものとしてはクレイ(CLAY:粘土) の圧縮、樹脂のインジェクション、ジェトン(JETON)などがあるという。(左写真の、左上と左下が樹脂のインジェクション、右上がジェトン、右下がクレイ)
 アメリカでは圧倒的にクレイが人気で、ラスベガスのカジノチップはほぼすべてがクレイ製とのこと。逆にヨーロッパやマカオなどではジェトンやインジェクションが主流のようだ。
 したがって、今回問題となっているのはもちろんクレイチップ、つまり粘土製のチップということになるわけだが、なぜそれに鉛を含ませているのか。
 それは 「重量感や質感を出すため」 というのが業界内での共通した認識のようで、それ以外に特に理由は見当たらないという。
 ちなみにクレイはそれだけでもジェトンよりも重く、十分に重量感があるが、アメリカではさらなる質感が求められる傾向にあり、クレイの重みだけでは物足りないらしい。また鉛を適度に含むチップは、カチカチとした独特な音が特徴で、それも好まれるという。

 クレイ製やインジェクション製のチップにおいては、その中央部に円形のデカル (Decal) と呼ばれる部材が埋め込まれており、このデカルはクレイ製の場合は樹脂、インジェクション製には樹脂または金属(コインインレイと呼ばれるタイプ、写真右) などが使われる傾向にあるが、チップ全体の直径や厚さには厳格な規定があるものの、このデカルには特に規定はない。左下の写真がその例で、各チッブごとにデカルの大きさが違うことがわかる。

 であるならば、デカルの部分を小さくすればクレイ部分を増やすことができ、全体の重量も重くできるようにも思えるが、じつはそうならない。
 なぜなら、デカルは表から裏に突き抜けて存在しているものではなく、表面に貼り付けられているだけだからだ (写真右下)。
 つまり、すでにチップの質量の大部分はクレイが占めており、デカルのサイズを小さくしてもクレイの部分を増やすことはできない。そこで必要になるのが鉛というわけだ。

 参考までにインジェクションタイプを得意とする Matsui社では、販売先のカジノ (ラスベガスはクレイチップ独占のため、米国法人では主に中南米のカジノに販売) がさらなる重量を求めてきた場合は、鉛の代わりに鉄を入れたりして質感を出す工夫をしているという。さらに同社では、鉛を使っていないものの、自主的に製造国の検査機関で成分試験を行い安全性を確認したのち出荷しているというから、利用者にとっては安心だ。
 ちなみにラスベガスでは、伝統的にサイズやデザインなどの偽造に対する管理は非常に厳重に行われているが、成分に関しては当局もあまり関与していないという。

 ではこの鉛入りのクレイチップは具体的にどこのカジノに存在しているのか。それは供給元のGPI社がラスベガスではほぼ一社独占の上、さらに、無鉛のクレイチップを製造してきたとのコメントを同社が発表していない現在、ラスベガスのほぼすべてのカジノで鉛チップが使われていると考えてよい。鉛を含まないインジェクション型チップはダウンタウン地区やマイナーなカジノの一部に残されているだけだ。
 参考までにこの GPI 社は、かつては Paul Son Gaming という会社だったが、数年前にフランス系の B&G 社と BUD JONES 社 (アメリカ) を含めた3社が合併し現在の形態に至っている。
 そしてラスベガスのチップ市場は、合併前も合併後も、伝統的にクレイチップを得意としていた元 Paul Son の部門が担当し (合併後も以前のブランドで営業活動をしている)、マカオやヨーロッパ市場はジェトンを得意とする B&G の部門が担当している。
 したがって今回の話題の主役はラスベガスを拠点とする Paul Son (製造工場はメキシコ) ということになり、その対応が注目されているわけだが、現時点での動きとしては、大きな騒動になる前に現在ラスベガスで広く流通しているカジノチップを静かに回収し取り替えるのではないか、というのが業界関係者の一致した見方だ。

 たまたまカジノディーラーの知人 (Harrah's 系のミドルクラスのカジノで働くアメリカ人) に話を聞く機会があったので現場の反応などについてたずねてみたところ、マイナーなカジノホテルになればなるほど、そこのディーラーはこの問題に無関心か、ひどい場合は知らない、という。
 理由は、時給 $6.33 (どこのカジノも基本的には同じ) で働かされているディーラーにとって最大の関心事は、受け取るチップの大小であり (カジノCHIP のチップではなく、心づけの TIP)、それは格上のホテルに行けば行くほど多くなるため、早く格上のホテルへ転勤にならないかばかりを考えているからだという。(Harrah's 社にしろ MGM Mirage社にしろ、一社が多くのカジノを所有しているため、同じ社内でも転勤によって年収が大きく異なる)
 したがって、集団訴訟などの行動を起こすとしたら、金銭的にも精神的にもゆとりのある高級ホテルで働くディーラーからの主導でディーラー組合全体に広がっていくのではないか、と彼女は予測している。

 彼女自身も、そしてまわりのディーラー仲間たちも健康被害を実際に心配している様子はほとんどないようだが、カジノチップの表面などが実際に磨り減り、日々小さくなっていることに対しては少々気になっているという。それは、鉛を含んだクレイの微粒子がどこかに消えていることを意味するからだ。口や鼻などから体内に入っている可能性もある。右の写真はプラネットハリウッドホテル内で同じ時期に流通が始まった 5ドルチップと 1ドルチップだが、使用頻度の激しい 5ドルチップの方がすり減っていることがうかがえる。

 このすり減りの問題に関しては、森氏も指摘しており、クレイチップは想像以上にやわらかく、使い込んでいくうちにカドが取れたり薄くなったりすることは避けられないようだ。
 意外かも知れないが、クレイチップを紙にこすり付けると、まるでクレヨンのように字が書ける (写真左)。
 クレイ、つまり粘土という言葉の印象から、陶芸の焼き物のように固いものを想像してしまいがちだが、実際には焼き固めるというよりも高圧で押し固める感じで製造されるため、想像以上にやわらかい。
 蛇足になるが、チップで字を書いていると、「クレヨンの語源はクレイにあるのか」 と一瞬思ってしまったが、クレヨンは CRAYON、クレイは CLAY で、スペルが異なり因果関係はなさそうだ。

 話は長くなってしまったが、現在はそのような状況で、話題としてはかなり注目されているものの、実際に健康被害までを心配している者は少数派だ。今すぐに事態が大きく拡大する様子は見られないが、カジノを利用する者は、害があるかどうかは別にして、プレーしたあとはとりあえず手を洗うぐらいのことはしておいて損はないだろう。もちろんそれはインフルエンザなどの感染予防にもなることは言うまでもない。
 そして最後に、今回の問題で関係者が一番恐れていることは、健康被害よりもディーラーや利用者からの集団訴訟などによるラスベガス関連企業の経済的ダメージと、それにともなう株価下落、不況、解雇といった地元経済への悪影響だ。そうならないことを祈りたい。


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