週刊ラスベガスニュース バックナンバー   2007年 07月 18日号
ストリップ地区最古のホテル 「フロンティア」、65年の歴史に幕
 当地時間 7月16日 午前0時01分、ストリップ地区の老舗ホテル 「フロンティア」 が、65年の歴史に幕を下ろした。
(1999年、このホテルの名称は 「フロンティア」 から 「ニューフロンティア」 に変わったが、その後も現場の看板などの多くが以前のまま残され、また、今でも 「フロンティア」 という呼称が定着しているので、この記事内では旧名をそのまま用いることにした)

 大型ホテルの建設ブームが始まった1990年代以降、このフロンティアの存在感は低下の一途をたどったが、それ以前は人気ホテルとして注目を集め、特にあの大富豪ハワードヒューズ氏が所有していた60年代後半は、ラスベガス屈指の話題のホテルだった。
 80年代に入っても、動物を使うマジックの草分け的存在 SIEGFRIED & ROY (2003年 10月、ミラージホテルでの公演中に主役のひとり Roy がトラに襲われ重傷を負い、それ以降、公演打ち切り) がこのホテルで7年間公演していたことなどもあり、エンターテーメントの分野でも常に脚光を浴びていた。
 そんな話題のホテルも近年はまったく目立たない存在になっていたが、それでもこのホテルの歴史にだけは素直に敬意を表す必要があるだろう。なんと言っても驚異的に古い。ちなみに以下のリストの通り、このフロンティアはストリップ地区に建設されたホテルとしては二番目に古く、一番古いエルランチョなき今、つい数日前までは現存ホテルとしては最古のホテルだったのである。

開業年 ホテル現在の状況
1941 El Rancho Hilton Grand Vacations Club。 Fontainebleau の建設予定地。
1942 Frontier このたび閉鎖。(なお、開業当初の名称は Last Frontier)
1946 Flamingo 現存
1950 Desert Inn 解体され、Wynn に。
1952 Sahara 現存
1952 Sands 解体され、Venetian に。
1955 Riviera 現存
1955 Dunes 解体され、Bellagio に。
1956 Hacienda 解体され、Mandalay Bay に。
1957 Tropicana 現存
1958 Stardust 解体され、複合施設 Echelon Place の建設予定地に。
1966 Aladdin Planet Hollywood に名称変更。
1966 Caesars P. 現存
1967 Marina 解体され、MGM Grand に。
※ 現存ホテルの場合でも、初期の建造物がそのまま残っているとは限らない

ブラックジャックテーブルに座り込む客 カジノフロアで生バンド演奏 最後のプレーを終了後、記念にカジノチップを買い求める客 最後のプレーを終了後、記念にカジノチップを買い求める客 フロンティアのカジノチップはリビエラで換金可能 さよならパーティーケーキ 思い出の写真 翌朝、すでにホテル内へは入ることができない  そんな由緒あるホテルも、時代の波と老朽化には逆らえず、このたび閉鎖されてしまったわけだが、いつの時代も古いものが消えるというのは寂しいもので、最終日の15日の夜には、最期を見届けようとするこのホテルのファンなどがカジノに多数つめかけた。(右写真1)
 生バンドの演奏をバックに (右写真2)、ビールやケーキなどが振舞われ、見かけだけは普通のパーティーと同様に活気に満ちていたが、午後11時を過ぎるあたりから、ブラックジャック、ルーレット、クラップスなどの各テーブルでは 「最後のプレー」 が行われ、その後そのテーブルのカジノチップなどを片付けるディーラー、そしてそれを見守るファンたちの姿にはどことなく哀愁が漂っていた。
 また、片付けられてしまう直前に、記念としてカジノチップを買って帰るファンも多く (右写真3,4)、一部のテーブルでは低額のカジノチップが 「完売、売り切れ」 になるほど飛ぶように売れ、これにはディーラーたちも驚いていたようだ。参考までに、フロンティアのカジノチップの換金の期限と換金場所は右写真5を参照のこと。

 12時が近づくとほとんどのテーブルは閉鎖され、トランプやサイコロの代わりにケーキやビール (右写真6)、そして思い出の写真などがテーブル上に並べられ (右写真7)、いつもなら勝ち負けでピリピリした雰囲気に包まれるカジノテーブルが、このときばかりはさよならパーティーのカウンターと化していた。
 そして12時の瞬間。館内にブザーのようなものが鳴り響くだけで、特に何があるということもなく、なんのアナウンスもないまま、自然と 「お開き」 になり、しばらくすると警備員の誘導で客はカジノの外に。
 その約8時間後の翌朝には、早くもこのホテルの周りには金網や柵などが設置され、完全に閉鎖されてしまった (右写真8)。65年という歴史を考えると、なんとも早いあっけない幕切れだった。
 なお、早くも 7月26日には、このホテル内の家具や機材などありとあらゆる物品が売りに出されるオークションが行われる。このオークションがどのようなものであるかは、昨年の11月にスターダストホテルで行われたオークションを取材した記事があるので、週刊ラスベガスニュースのバックナンバー513号を参考にしていただきたい。
 爆破解体の日時はまだ発表されていないが、過去の他のホテルの例から考えると、数ヶ月以内に行われる可能性が高い。

 さて、気になるフロンティアが消えたあとについてだが、このたびこのホテルを 12億ドル (約 1450億円) で購入した新オーナーの発表によると、3500部屋規模のホテル、そしてコンドミニアム、さらにショッピングモールやコンベンションセンターなどを備えた複合施設を建設したいとしている。
 その新オーナーは、2005年にニューヨークのプラザホテルを買収し一躍有名になったイスラエル系のデベロッパー Elad Group 社。同社は、「プラザ」 ブランドでの世界展開を計画しており、ラスベガスに建設するそのホテルの名称もプラザにしたい意向だが、すでに同名のホテルがラスベガスのダウンタウン地区に存在しているため、ネーミングに関して今後紆余曲折があるかもしれない。
 ちなみに同社が購入したニューヨークのプラザホテルは世界的に知られる超名門ホテルで、1985年 9月にこのホテルで開かれた G5(先進5ヵ国蔵相会議) での歴史的なドル安政策 「プラザ合意」 (この合意を境に、円ドルレートが 240円前後から 120円前後に激変) の語源にもなっている。


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