週刊ラスベガスニュース バックナンバー   2002年05月01日号
ラスベガスの治安と、統計の落とし穴
 こともあろうにゴールデンウィーク初日となる先週末、ネバダ州のカジノ都市ラフリンで暴走族の抗争による集団銃撃事件があった。ラスベガスから 150km も離れた場所にもかかわらず、日本では "ラスベガス" という言葉が報道で使われたためか、こちらに多くの問い合わせが寄せられた。

 今回の事件を理由にゴールデンウィークの旅行を取りやめた者はいないと思われるが、計画していたラスベガス旅行を考え直す者がいるとすれば、それは本人にとっても当地の観光業界にとっても大変不幸なことと言わざるを得ない。

 そもそも今回のような事件はその土地特有の "傾向的事件" ではない。あくまでも偶発的に起こった極めて特異な出来事だ。奇しくも同じ先週、ドイツの高校でも銃撃事件があり全世界に大きく報道されたが、それによってドイツが他国に比べ著しく危険と考える者は少ないだろう。また同様に、昨年大阪の小学校で児童殺傷事件があったが、今後において東京よりも大阪の小学校の方がリスクが高いと考える者はまずいないはずだ。
 この種の事件が起きると訪問予定者も住民も冷静さを失ないがちだが、その事件が偶発的なものなのか、傾向的なものなのか、その都度それを見極めることが重要で、それには冷静な判断が求められる。今週は今回の事件を機会にラスベガスの治安について改めて考えてみたい。

 これまでにもラスベガス大全では、しばしば治安に関する問い合わせを受けてきた。自分が訪問する都市の治安が気になるのは当然のことで、ある意味では旅行における最大の関心事といってもよいだろう。
 そんな関心事の結論をあえて先に述べてしまうならば、「ラスベガスの安全度は統計的には他都市と大差ないものの、実質的には全米で最も安全」 といってよいのではないか。
 ただ、これをそのまま鵜呑みにするのではなく、このあとの説明を最後まで読んでいただき、そのような結論に至った背景や理由も理解していただければ幸いだ。

 見かけ上、一般的にラスベガスが安全なのは誰もが認めるところだが、その一方で、統計などからラスベガスの安全性について疑問を投げかける者も少なくない。たしかにカジノで財産を失ってしまった住民などによる金銭がらみの犯罪は他の都市では見られない傾向的かつ特有な問題といってよく、ラスベガスが全面的に安全、と言い切れる状態ではない。
 しかし一般的に出回っている都市別犯罪統計を、一般観光客が自分の滞在中のリスクを測る尺度として使うことは明らかに誤りで、ラスベガス、特にストリップ地区の治安は統計数値よりもかなり安全と考えるべきだろう。

 治安統計について語る前に、わかりやすい例として交通安全に関する統計に触れておきたい。統計の盲点を学ぶ際にしばしば登場するのが 「各国の交通事故死者数」 だが、これはデタラメ統計の典型としてよく知られている。
 なぜデタラメか。それは 「事故死者」 の定義が各国で統一されていないからだ。日本は事故発生後 24時間以内に死亡した者のみを交通事故死者と定義しているが、他の国ではそれが 1週間であったり 1ヶ月であったりする。先進諸国では 1ヶ月が主流となりつつあり、日本の警察庁も平成5年から事故後 1ヵ月以内の死者数の統計も取るようになったが、今でも公式数値は 24時間を採用している。多くの交通事故遭遇者が 24時間以降に死亡していることを考えると、この種の数値を他国と比較することが、いかにナンセンスであるかよくわかるはずだ。

 話を治安に戻すが、この治安統計の比較もほとんど意味がないというのが専門家の間での共通した認識だ。さらに悪いことに、治安統計は交通事故統計よりもはるかに奥が深いさまざまな問題を抱えているという。
 まず最大の問題は、各国によって犯罪の種類や定義が異なっているという点だ。つまり、同じ行為をしても、ある国では犯罪になり、ある国では犯罪にならない。自転車泥棒はどこの国でも犯罪になるだろうが、幼児虐待やセクハラとなるとそうでもないだろう。
 また、大多数の国において犯罪となる行為でも、公表する犯罪統計にそれがカウントされている場合とそうでない場合がある。贈収賄や脱税がその代表格だ。もともとその種の犯罪は、観光客にとっての関心事である強盗や殺人よりも絶対数が多く、それを統計に加えてあるか否かで、観光客が知りたいデータが大きく変わってしまう。
 アメリカでは一般的に "Felony" と呼ばれる重罪についてだけの数値が発表されたりしているが、州によってそれらの定義や統計の管理方法が多少異なっていたりするという。そんな状態で各都市が発表している数値を見比べて、ラスベガスが東京やニューヨークと比べどれだけ安全かを議論しても意味がないというわけだ。

 犯罪発生件数と発覚件数 (検挙数ではない) が異なることも忘れてはならない。観光客が知りたいのは当然のことながら発生件数だろう。しかし、誰も見ていないところで殺人事件が発生しても、それが警察に知られなければ統計には反映されない。100件の殺人事件が発生して 10件しか警察に通報されない国もあれば、50件発生して 40件が通報される国もある。統計だけを見ていれば前者が安全に見えるが、実際は後者が安全ということになる。
 国によってそのへんの事情が大きく異なることは容易に想像つくが、同じアメリカ国内でも地域によって発覚率が大きく異なるという。たとえばアメリカで最も多い犯罪のひとつといわれている自動車泥棒がその典型だ。一般的にスラム街など貧しい地域では自動車泥棒の発覚率が低く、統計にカウントされにくい。被害者がいちいち警察に報告しないからだ。車両価格が安いからとか、貧しい地域では警察に通報しても車が見つかる可能性が低いから、という理由ではない。盗難保険の加入率の差だ。当然、豊かな地域の住民ほど保険加入率が高い。盗難被害を保険でカバーする際、Police Report (警察が発行する被害証明書) を保険会社へ提出する必要があり、保険に加入している者は必ず警察に報告するが、非加入者はいちいち通報しないというわけだ。
 そういった地域による経済格差が、犯罪件数の実数を大きくゆがめているとなると、統計を鵜呑みにすることが、いかにナンセンスであるかがわかってくる。
 そもそもどこの国においても事件のすべてが公の元にさらされるわけではなく、そういう意味では発生件数の真の値は神のみぞ知る部分で、その母数がベールに包まれている限り、発覚率という言葉自体の存在が怪しいものになってくる。

 人口の流動性による統計誤差も多くの専門家が指摘している問題だ。各行政単位から発表されている犯罪発生率は当然のことながら人口の大小もきちんと考慮され、人口当たりの数値として公表されているが、ここにも落とし穴がある。
 具体的な例をあげて説明してみよう。ラスベガス市と、それに隣接するベッドダウンのヘンダーソン市での人口当たりの犯罪発生率はヘンダーソン市の方がかなり低い。しかし、ラスベガス市には毎日膨大な数の観光客が訪れており、一方、ヘンダーソン市からは毎日多くの住民がラスベガスへ通勤のために移動している。つまり区域内に実存する人間の数はラスベガス市ではその人口よりも多く、ヘンダーソン市では人口よりも少ない。
 人間の数の差による社会的活動規模と犯罪発生数が比例すると考えると、ラスベガス市の人口当たりの発生率はかなり水増しされていると考えるのが妥当で、ラスベガス市はこのハンデを全米で最も大きく背負っている都市といわれている。ちなみにラスベガス市ではその人口に対して常に約 15〜25% の来訪者を抱えているという。このような実態を考えると "人口当たりの" という統計手法も合理性があるようで、実際はあまり信用できないことがわかる。ちなみにラスベガス市ではこの部分の補正を行う努力をしているようだが、他の多くの大都市ではそのようなことまで考慮に入れていない。

 さらに議論を深めるならば "人口" そのものの定義もきちんとしておく必要が出てくる。しかしこれまた日本人にとっては意外かもしれないが、アメリカには住民登録や戸籍制度がないため人口という数値のよりどころがない。しいてあげるならば選挙人登録もしくはセンサスと呼ばれる国勢調査からの推計値ということになるが、選挙人登録は本人の自由な意思によるもので、すべての住民が登録しているとは限らず、未成年者や外国籍の者はカウントされない。また、中南米からの不法滞在労働者が多いアメリカでは (当然のことながら彼らは選挙人登録などできない)、密告などを恐れてセンサスにも参加しない者が少なくないという。運転免許証の数からの推計値が最も実態に近いとも言われたりしているが、いずれにせよ人口という大前提となる数値すら、かなりドンブリ勘定ということが浮き彫りになってくる。

 また、各都市の犯罪リスクを議論する際は、人口だけでなくその都市の面積も考慮に入れるべきだとする専門家もいる。つまり同じ人口で同じだけの殺人事件が発生している都市でも、面積が 10倍も違えば事件に巻き込まれるリスクはかなり違ってくるという考えだ。たしかに熊や鹿が犯罪を犯すわけではないので、人間に接する機会が極めて少ないアラスカのような広大な場所を観光する者にとって、自分の犯罪遭遇リスクは人口当たりの犯罪統計数値などよりはるかに低いと考えるべきだろう。

 さて、いろいろ問題点を述べてきたが、そうはいっても他に基準がない限り、各都市の当局が発表している 「人口当たりの犯罪発生率」 を何らかの尺度として参考にすることはやむを得ないし、また、代案がない限り、そういった行為を非難することもできない。ただ、その種の統計数字を参考にした議論が多少なりとも意味をなすのは、あくまでも都市全体の安全度を議論する場合であって、一部の観光スポットしか訪問しない一般観光客にとってのリスクを議論する際にはまったく意味がないことを知っておくべきだろう。なぜなら、ラスベガスにしろロサンゼルスにしろニューヨークにしろ、各都市の統計はその都市の管轄区域全体の数値を集計したものであり、観光客が実際に訪問する場所の犯罪発生率とはまるで異なるものとなっているからだ。
 たとえば、ロサンゼルスの犯罪発生率は、ビバリーヒルズのような高級住宅街、オフィスビル街、リトルトーキョー地区、スラム街、その他全域のすべてを含めた数値であり、その数値は、観光客が実際に立ち寄るハリウッドやドジャース球場周辺の犯罪発生率とはまったく別のものだ。同じ都市内でも地域が異なれば犯罪発生率がすぐに2倍や3倍は違ってきてしまうことは誰もが認めるところだろう。
 ラスベガスにも同じことが言え、多くの観光客が活動するストリップ地区の繁華街と、まったく別の場所にあるスラム街、高級住宅街では犯罪発生率が大きく異なる。しかし観光客はスラム街にも住宅街にも行かない。それでも 「ラスベガスの犯罪発生率」 にはそれら地域の数値がすべて含まれている。そんな統計に一喜一憂していても何の意味もないだろう。

 したがって、ラスベガス、ロサンゼルスニューヨークのどこが一番危険か、といった議論をするのであれば、実際に観光客が訪問する場所、つまり、ストリップ大通り、ハリウッド大通り、5番街といった場所で、脱税や贈収賄などを含まない窃盗、強盗、殺人といった犯罪の合計数などを住民人口などとは無関係に割り出した数字を比較しながら議論する必要がある。
 しかし残念なことにそのような統計数字はほとんど公表されていない。仮に公表されたとしても統計の盲点や落とし穴がたくさんあることだろう。
 ではどうやって観光客にとっての安全度を比較判断すべきか。それは、犯罪件数の真実の値が神のみぞ知る状態である限り、"体感" で判断するしかないだろう。つまり、各自が物騒と感じるかどうかの度合いだ。物騒な度合いと、実際に犯罪が発生するかどうかは別問題だが、まんざら無関係でもないだろう。
 ハリウッドや 5番街を深夜女性だけで歩く光景はあまり目にしないが、ラスベガスストリップではそれが毎日当たり前のように行われている。それこそが 「ラスベガスは実質的に全米でも最も安全」 といえる何よりも根拠ではないだろうか。
 もちろんラスベガスでも置き引きやスリの被害にあったという者はいくらでも聞くし、ハリウッドを深夜一人で歩いて何もなかったという者もいるだろう。しかしそれは明らかにミクロの事象であって、全体像ではないはずだ。誰がどう語ろうとも、ラスベガスのストリップ地区がアメリカの主要都市としては "深夜でも気軽に歩ける数少ない繁華街" であることに疑問の余地はないだろう。


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