週刊ラスベガスニュース バックナンバー   2018年 08月 08日号
ナイトショーのチケット価格から「定価」が消える?
 今週は、ナイトショーの世界において激変が起こっているという話。といってもショーの内容のことではない。チケット価格に関してで、いま価格設定における基本概念が大きく変わろうとしているという話だ。

【 シルク・ドゥ・ソレイユも変動制へ 】
Box Office  これまで長らくチケット価格には、主催者側が公表している「定価」というものがあった。しかし近年それが無くなる傾向にあり、販売価格を固定化するようなことはしなくなってきている。
 もちろん今までも販売ルートによっては割引価格など、さまざまな価格設定があったが、それらの価格は日々刻々と変動したりするようなものではなかった。
 それが今では変動するようになりつつあり、すでにシルク・ドゥ・ソレイユのショーを主催する MGM社も変動制を導入し始めたというから、これからショーを観ようと思っている者にとっては聞き捨てならないニュースといってよいのではないか。

【 固定制は時代遅れ 】
 このトレンドは時代の流れであり、ナイトショーのみならず、スポーツ観戦やコンサートなども含めて、さまざまなイベントにおけるチケット価格は変動制が当たり前の時代に突入してきている。
 定価制に慣れてしまった者にとっては違和感があるかもしれないが、すでに日本でもホテルの宿泊料金や航空券などにおいては完全に変動制が定着しており、またプロ野球のチケットにおいても変動制が導入され始めたと聞くので、むしろ固定制のほうが時代遅れと考えるべきだろう。
 そもそも価格というものは、「需要と供給のバランスで決まるもの」というのが経済学の教科書にも出てくる原理原則だ。
 その「需要」が、季節、曜日、時間帯、天候などによって日々刻々と変動するものであるならば(変動しないほうがおかしい)、「価格」も変動させないとさまざまな不具合が生じてきてしまう。
 一番大きな不具合は、「チケットを買いたい人が買えない」、それと「チケットの売れ残り」だろう。その他にもダフ屋、買い占め、転売、徹夜での行列、空席だらけ、観客が少なすぎてイベント自体が盛り上がらないなど、問題は少なくない。
 つまり、たとえば季節が良い時期の週末のスポーツ観戦などでは需要が高まり、逆に同じスポーツイベントでも悪天候の平日だと需要は大幅に減る。結果的に、買いたい人が買えなかったり、チケットが売れ残ったりすることになるわけだが、そういった問題を最小限にするのが価格の変動による需給バランスの均衡だ。
 主催者側が、「今の価格だと売れ残りが大量に出てしまう。半額にすれば完売できるかもしれない」と予測できる状況においても、定価販売に固執していたのでは、それは主催者側にとって明らかな「ビジネス機会の喪失」であり、また「もう少し安ければ買ったのに」という人に対する「観戦や鑑賞の機会を提供することの放棄」になってしまう。

【 人工知能AIの登場 】
 したがって、固定価格から変動価格への移行は、経済学的な合理性があるわけだが(もちろん弊害がまったくないわけではないが)、特に最近このトレンドに拍車がかかって来ているのは、その経済理論だけが理由ではなさそうだ。人工知能(AI)というハイテクの登場が大きく影響しているといわれている。
 ショーの主催者など販売する側の人間が、チケットの売れ行き、天候、曜日などを考慮しながら価格を変動させることは決して簡単な作業ではないが、AIは現在の状況のみならず過去の膨大なデータなどから未来を予測し、売れ残りを最小限にすると同時に利益が最大になるような販売価格の最適値を日々刻々と自動的に算出してくれる。
 ホテルの宿泊料金や航空券などにおいてはとっくに導入されているこの手法を、AIのさらなる進化を機会にショービジネス業界も導入し始めたというわけだ。

【 定価という概念は消える 】
 もはやAIの導入による変動制へのシフトは、時代の流れとして逆戻りすることはないはずで、遅かれ早かれほとんどのショーから定価という概念が消え去ることはほぼまちがいない。
 ただ、高性能のAIを使ったチケット販売システムの導入にはそれなりのコストがかかるので、主催者側の規模や資金力などによっては、導入が遅れる可能性はある。それでも最先端のハイテクを駆使している ticketmaster 社 などのチケット販売の専門業者に委託する方法もあり、またその委託販売のほうが、販売手数料を委託業者に払っても、より多くの利益を確保できることがわかれば、小規模のショー主催者もAIに頼るはずだ。

【 変動性は双方の利益 】
 変動制になることにより、従来の定価よりも高くなってしまうこともあれば、安くなることもあり、このトレンドが買い手にとって損なのか得なのか判断しづらい部分もあるが、成熟した市場経済社会の原理原則という大局的な視点から見れば、もはや業界にとっても消費者にとっても変動制を否定する余地はなく、双方にとって利益になることと認識し、素直に受け入れるしかないだろう。

【 変動制のショーはどこか? 】
 さて、そんな理屈はさておき、ここの読者にとって今すぐに知りたいのは、どのショーが変動制を導入しており、その変動幅はどの程度なのか、ということのはずだ。
 そこでさっそく調べてみた。一般の日本人観光客になじみのある主要なショーで、すでに変動制を導入しているのは、MGM系列のホテルが主催しているシルク・ドゥ・ソレイユのショー、つまり オウ、KA、ズーマニティー、マイケルジャクソン・ワン、ラブ、ブルーマン、クリスエンジェル だ。(なお、現在のクリスエンジェルは 10月で終演となり、その後はMGM系列ではないプラネットハリウッドホテルに移籍する予定)

 ミスティアもシルク・ドゥ・ソレイユのショーではあるが、主催者がMGM系列ではないトレジャーアイランドホテルということもあり、まだ変動制にはなっていない。(トレジャーアイランドもかつてはMGM系列のホテルだったが、リーマン・ショック時に個人投資家に売却)
 ウィン・ラスベガスで開催されているラレブもまだ固定制のままだが、同じウィンで開催予定のダイアナ・ロスケニー・ロギンスのコンサートにおいてはすでに変動制が導入されている。

Box Office  シーザーズパレスのコロセウムで開催される セリーヌ・ディオン、ロッド・スチュワート、マライア・キャリー などのコンサートもすべて変動制だ。
 プラネットハリウッドホテルのジェニファー・ロペス、ライオネル・リッチーも同様なので、どうやらコンサート系のイベントはほとんどが変動制に移行していると考えてよさそうだ。

【 変動幅の検証 】
 さて、公演日や公演時刻の違いによる価格の変動幅に関してだが、各ショーごとにまったく異なっており、すべてのショーの数値をここに書き出すわけにはいかないので、日本人観光客に人気のオウを代表例として、主催ホテルであるベラージオホテルの公式サイトでその変動幅を調べてみた。
 比較対象とする開催日は、日本人の利用者が多いと予想されるお盆休みの週の木曜日(8/16)と土曜日(8/18)、そしてそれぞれの曜日の早い部(7:00pm 開演)と遅い部(9:30pm 開演)を比較してみた。
 木曜日土曜日にした理由は、平日と週末の差を見るためで(月と火は休演日。水曜日は休演明け直後ということで需要が通常とは異なる可能性があるので除外)、7:00pm9:30pm を比較するのは、一般的に 7:00pm のほうが需要が高いとされており、その差を見るためだ。
(7:00pm のほうが人気がある理由は、ラスベガスはアメリカ全体で見るとかなり西に位置しており、東に位置するニューヨークやボストンなどと比べると時差的に3時間遅れていることから、9:30pm の部は、東海岸地区からの訪問者にとっては体感的に極端に遅い時間になってしまうから、といわれている)

 なお、以下に示した今回の調査結果は、あくまでも現時点(8月7日の午前10時)の数値であり、今後変化する可能性は常にある。また、A席、B席、C席といった名称は、値段順にわかりやすく表現するためにここで使用しているだけで、実際の現場における座席セクションの名称はその限りではない。

 オウ  木 7:00pm  木 9:30pm  土 7:00pm  土 9:30pm 
A席$212.05$212.05$212.05$206.09
B席$183.05$186.55$186.55$186.55
C席$179.50$175.20$175.20$175.20
D席$150.65$146.95$168.95$146.95
E席$141.70$126.60$146.95$141.70
F席$126.60$107.37$126.60$126.60
(税金は含まれているが、$18.95 の販売手数料は含まれていない)

 この変動幅を大きいと見るか小さいと見るかは人それぞれだろうが、注目したいのは、曜日や開演時刻が異なっても、価格差がほとんどないセクションもあるということ。AIがどのような判断でそのようにしているのかはわからないが、全セクションを一律に値上げしたり割り引いたりするような単純なアルゴリズムではないことだけはたしかなようだ。
 また、単純に平日よりも週末のほうを高くしているわけではなく、価格差を決める過程の法則性がわかりにくいところも、わからないなりに興味深い。

【 今日のA席が、明日はB席?! 】
Box Office  そして何よりも重要なことは、この比較表からは読み取れないが、セクション分けそのものが、公演ごとに異なっていることがあるということ。この比較表ではA席からF席までの6段階に分けているが、実は7段階や8段階に分かれている公演日もあったりする。
 たとえば、ある公演日のF席のセクション 100席が、その翌日にはまったく同じ範囲の座席であるにもかかわらず、F席 60席、G席 40席という形で分割され、異なる価格で販売されたりすることがしばしばあるということ。
 また、セクションの分割数が同じでも、日によって、各セクションに振り分けられる座席数が異なっていたりすることもあり、「今日のA席が、明日はB席」といったことも起こっているのが現実だ。
 もはや人間には到底理解できない発想ではあるが、こういったAIの不思議な挙動を端的に表現するならば、「価格のみならず、良い席、悪い席の数や範囲もAIが勝手に日々変えている」ということになり、そうなってくると、上に示した比較表も、異なる座席の値段を比較していることにもなりかねず、比較表そのものが意味をなさなくなってしまう。したがって、せっかくまとめた表ではあるが、参考程度にしていただくしかない。

 人工知能AIといえども、「人工」というぐらいだから、もともとは人間が作ったもの。そのAIの働きぶりに人間がまどわされるのも滑稽な話ではあるが、たしかにショーチケットに限らずホテル予約でも航空券でも、早めに予約したほうがいいのか、ギリギリまで待ったほうがいいのか、その判断に悩んだことがある人は多いはずだ。
 時間を惜しむ人もいれば、お金を惜しむ人もいる。どちらかというと、「1ドルでも5ドルでも、少しでも安い価格でショーチケットを買いたい。そのためには時間を惜しまない」という人のほうが多いのではないか。
 そういう人にとっては、これからの時代、それぞれの予約システムの「AIのクセ」のようなものを読み取る能力が求められるのかもしれない。たかがAI、されどAI。


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