週刊ラスベガスニュース バックナンバー   2017年 12月 06日号
消え行くクリスマス文化、イルミネーションは期待薄
 今週は、ラスベガスでクリスマス・イルミネーションを期待してはいけない、クリスマスらしさを楽しめるのはベラージオ・ホテルの室内植物園ぐらいしかない、という話。

 「クリスマスらしい夜景のベストスポットは?」、「ラスベガス大通りの電飾は、いつから始まる? もう始まっている?」、「一番大きなクリスマスツリーは?」
 毎年この時期になると、読者からこういった問い合わせが寄せられる。
 ただでさえ、きらめくネオンサインで有名なラスベガス大通りの夜景。この時期に華やかなクリスマス・イルミネーションを期待してしまうのも無理はない。
 しかし現実は期待に反してまったくダメで、クリスマスらしい場所は、地元民が住む郊外にこそ存在しているものの、ホテル街から観光客が徒歩で行けるような場所にはほとんどないと考えるべきだろう。
 ちなみに右上の写真 (シーザーズパレスの前庭に飾られたツリー) は 11年前のもので、右下のベネチアン・ホテルのツリーの写真は 6年前のもの。今は、どちらのホテルにもこのようなツリーはない。

 なぜそんなことになってしまったのか。先般の乱射事件で多数の犠牲者が出たことによる自粛とかではない。経費の節約でもない。
 理由は、簡単に言ってしまえば、宗教への中立性に対する過度の反応といったところで、ようするに、世界中からさまざまな宗教の人たちが集まる公共の場所において、キリスト教の文化を派手に演出することへの遠慮のようなものだ。
 これには賛否両論あることは言うまでもないが、近年のアメリカでは 「公共の場で特定宗教の行事をおこなうのはいかがなものか」 といった考え方が広まりつつあることは間違いないところで、その結果、街の中に漂うクリスマスらしさは年々失われてきている。(一般の家庭レベルではその限りではなく、住宅地などでは昔ながらの派手な装飾を見ることができる)

 このままでは公共の場所からクリスマスという文化や風物詩が消滅しかねない状況だが、存続が危ぶまれているのはクリスマス装飾など街の景観だけではない。「メリー・クリスマス」 という言葉も、死語になりつつある。
 もちろん家庭内や友だち同士の間ではまだ使われているが、少なくとも企業間などで取り交わされるクリスマス・カードの中からはほぼ姿を消した。そもそも 「クリスマス・カード」 という呼び方自体、企業や役所などでは奨励されていない。
 理由はもちろん、取引先や顧客、さらには職場内にもいるかもしれない他の宗教の信者たちに対する配慮で、たとえばイスラム教の人に、「メリー・クリスマス」 と書いたクリスマス・カードを送ることは失礼極まりないこととされている。もし、いまだに 「クリスマス」 という言葉を使っている企業が存在しているとしたら、その企業は時代遅れか、確固たる信念を持っているかのどちらかだろう。

 さようにアメリカ社会からクリスマス文化が消えつつあるわけだが、クリスマスという言葉に代わって登場してきたのが 「ホリデー」 という言葉だ。
 これはすでに広く定着しており、たとえばクリスマス・シーズンはホリデー・シーズン、クリスマス・セールはホリデー・セール、メリー・クリスマスはハッピー・ホリデーズという言葉に置き換わっている。
 なぜホリデーか。それは 11月の第4木曜日のサンクスギビング・デー、12月25日のクリスマス・デー、1月1日のニューイヤーズ・デーは祝日で、日本とちがって祝日が少ないアメリカにおいては、この時期は本当にホリデーシーズンだからだ。

 そんなアメリカのトレンドとは逆に、日本では 「キリスト教国でもないのにどうしたことか」 と思われるほど年々クリスマスが派手になってきている。
 もちろん日本にもキリスト教信者はたくさんいるが、大企業や役所などの公共機関までもが率先してクリスマスを盛り上げているのは、いささか滑稽だ。
 大企業などが商業目的でクリスマスを利用するのはわからないでもないが、公共機関が公費でやるとしたら、それはクリスマス・イルミネーションではなく、新年に向けた門松や松飾りが筋だろう。

 両国のこのような事態の背景には、「文化的行事」「宗教行事」 のバランス感覚の欠如にあるのではないか。つまりアメリカは、宗教行事という部分にこだわりすぎるがために法律論争になりがちで、結果的に裁判に負けたりするのを恐れるあまり、文化的行事としてのクリスマスまでを葬ってしまう傾向にあるように思える。
 実際に、かつてシアトル空港に飾られていた巨大ツリーが、公共の場所における特定宗教の是非という法律論争になったことがあるが、この種の問題は法律や理論での論争は似合わない。
 「豆がもったいない」、「目に当たるとあぶない」 と言って、日本から節分の豆まきの文化を消し去ってしまっては味気ないのと同じで、ここはあまり固く考えずにクリスマスという伝統文化を楽しむべきではないか。キリスト教徒がマジョリティーであるならば、たとえ公共の場所でも 「常識の範囲内での文化の保存」 という価値観はあってもいいように思える。他宗教の者は静観していればいいだけのことだ。
 逆に日本は宗教行事であることを完全に無視し、単なるイベントとして暴走しているように思えてならない。アメリカ人からみれば滑稽なことで、不愉快には思わないにしても、敬意を持って受け止めることはないだろう。
 それは逆の立場を考えてみれば、ある程度想像がつく。たとえば、日本のお盆の宗教行事とされる大文字焼きをアメリカ人が遊び半分でマネし、全米各地の山で大文字焼きをやるようになったら多くの日本人は滑稽に思うはずだ。

 話が長くなってしまったが、とにかく派手なクリスマス・ツリーやイルミネーションは、もはや日本のほうがはるかにレベルが高い。日本のテレビなどで報道されるアメリカのクリスマス・ツリーの点灯式などは、例外とは言わないまでも、それほど多いものではない。この時期のラスベガスの電飾に大きな期待は禁物だ。
 冒頭でもふれた通り、ホテル街における徒歩圏内で唯一クリスマスらしき雰囲気を楽しめる場所は、ベラージオ・ホテルの人気アトラクション 「Conservatory & Botanical Gardens」 (室内植物園) で、以下がその写真だ。

Conservatory & Botanical Gardens Conservatory & Botanical Gardens Conservatory & Botanical Gardens Conservatory & Botanical Gardens
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