週刊ラスベガスニュース バックナンバー   2016年 8月 24日号
クリス・エンジェル、脱シルクでカリスマ性を発揮
クリス・エンジェル  2008年9月から続いてきた人気マジシャン、クリス・エンジェルのナイトショーが大幅にリニューアルされ、6月末に正式オープンした。(ソフトオープンは5月)
 内容はもちろんのこと、タイトルもこれまでの Believe から Mindfreak LIVE! に刷新されており、まったく新しいショーという位置づけでの再出発と考えてなんら差しつかえ無いだろう。なお、開催ホテルやシアターの場所は今までと同じで変わっていない。(右上の写真はこのショーの広告塔と、開催ホテルの LUXOR。クリックで拡大表示)

 正式オープンから2ヶ月が経過し、微修正しながらの日々のパフォーマンスもそろそろ落ち着いてきたころと思われるが、はたして人気や評判のほどはどうなのか。前作の Believe の評判がすこぶる悪かっただけに、気になる人も多いにちがいない。
 結論から先に書くならば、クリスのファン、特に若年層のファンにとっては大いなる改善が見られ好評のようだが、そうではない一般の観客、特に年配層にとっては微妙なところかもしれない。
 詳細の説明に入る前に、このマジシャンを知らない読者も多いと思われるので、まずはクリス・エンジェルそのものについて簡単にふれておきたい。

クリス・エンジェル  ニューヨーク出身のマジシャンで現在 48才。好き嫌いはともかく、アメリカで最も知られるマジシャンであることはまちがいなく、知名度という意味では一流スターの域に達している。それほどまでに彼を有名にさせたのはもちろんテレビ出演だ。
 30歳ごろまでの下積み時代は一般のマジシャンと同様、小さな劇場などで地道なパフォーマンスを演じてきたが、2000年ごろを境に軸足をステージからテレビに移すと、その特徴的な風貌がテレビというメディアにマッチしたのか女性視聴者のハートをつかむことに成功。いわゆる親衛隊のような熱狂的なファン層が形成され、そんなファンたちの期待に応えるかのように、自身の名を冠したシリーズ物の番組が次から次へと制作されるようになると、あれよあれよという間にスターダムにのし上がった。
 ちなみに今回の公演タイトル Mindfreak LIVE! は、彼の全盛時代ともいえる 2005年から 2010年までに放送されていた番組 Mindfreak のライブ版という位置づけからだ。
 余談になるが、その後クリスはプライベートな部分においても超一流ぶりを発揮し、人気歌手ブリトニー・スピアーズや女優キャメロン・ディアスとの恋仲など、芸能雑誌が飛びつくようなゴシップを連発しながら、マジック界にとどまらない国民的セレブリティーになっていった。

クリス・エンジェル  そんな彼の存在に黙っていなかったのが、スターを誘致したいベガスのショービジネス界で、さまざまな方面からラブコールがかかり、結局クリスは最終的にシルク・ドゥ・ソレイユを提携相手として選ぶことに。(右の写真は同ホテルのピラミッド館の外壁に描かれた当時の Believe の広告)
 そんな経緯から誕生したのが前作の Believe で、サーカス団であるシルク・ドゥ・ソレイユと、マジシャンであるクリスのコラボレーションという奇抜な発想のもとで構成された非常に独創的なショーとして公演が始まった。
 ところがこれがダメだった。新聞や芸能マガジンなど、地元メディアはこぞって酷評。せっかくテレビ界のスターマジシャンをラスベガスのステージに呼び込むことに成功したにもかかわらず、今年4月の最終公演までの約7年半、あのシルクの興行ノウハウをもってしても、常に集客難にあえぐことに。
 何が悪かったのかというと、個々の細かい演出ではなく、もっと根本的な部分、つまりクリスとシルクの組み合わせ自体に問題があったというのが、業界におけるもっぱらの共通認識だ。どちらが悪いとかではなく、ようするに両者は一緒にやるべきではなかったということ。
 クリスの豪快なイリュージョンとシルクの幻想的な演出が組み合わされば、さぞかしすばらしいものになるだろうとだれもが思ったわけだが、実際はまるで逆。つまり 1 + 134 になるのではなく、1 以下になってしまった。
 その理由は、後述するクリスのカリスマ性が発揮できる環境ではなかったこと、そしてマジックショーというものは始めからマジックショーとして観たほうがわかりやすく、またサーカスやアクロバットも始めからそれとわかって観たほうが楽しめるからだ。あとになってそれに気づき、初演から3年ほど経過した時点で演目などのマイナーチェンジも試みたが、クリスとシルクの両方を全面に押し出しながら共演させている限り、最後までうまくいかなかった。

クリス・エンジェル  そんな反省のもとでリニューアルされたのが今回の Mindfreak LIVE! で、シルクの要素はほぼ完全に排除されている (ごく一部だけアクロバット的な演出もあるが、このショーを構成する重要な要素ではない)。
 つまり最初から最後まですべてクリスによるマジックショーと考えてよい。(右上の写真は同ホテルの東館の外壁に描かれた Mindfreak LIVE! の広告)
 ちなみにシルクは全面的にクリスと縁を切ったわけではなく、この Mindfreak LIVE! もチケット販売などマーケティングの部分においては引き続きシルクが大きく関わっており、提携関係は維持されている。

 Mindfreak LIVE! そのものの内容の評価に関しては意見が分かれるところだろう。冒頭でふれた若年層やファンという条件を除いて考えても、良い部分もあれば、悪い部分もありそうだ。
 まず良い部分は、なんといってもシルクの要素がなくなり、完全にマジックショーになっているということ。Believe のときの失敗をふまえれば当然のことではあるが、これは大いなる改善といってよいだろう。
 また、ハイテク映像技術であるビデオ・マッピング(日本ではプロジェクション・マッピングと呼ばれることのほうが多い)をさまざまな場面で多用しているところも斬新でよい。古典的なマジックショーを期待する年配層からは支持を得ない可能性もあるが、多くの観客は楽しめるはずだ。
 音楽や照明がかなり派手な部分も、年配層以外からは支持されそうだ。結果的に独創的な雰囲気の中でショーが進行するようになっており、そういった演出は、他のマジックショーではあまり見られない特徴といってよいのではないか。

 悪い部分はトーク、つまりしゃべりの部分で、日本人観光客が観るという前提で論じるならば トークが多すぎる。一般的にマジックショーにおいては語学力をほとんど必要としないのが普通だが、このショーではそうでもない。
 ただ、このマジシャンに関してはやむを得ない部分かもしれない。というのも、観客の多くが 「マジックショーのファン」 というよりも、「クリスのファン」 のように見受けられ、そうであるならば、ファンに対して何か話しかけるカタチでの進行が求められるからだ。コンサートなどにおいて、日ごろあまりしゃべらないミュージシャンでも、ファンクラブの人たちが中心の場では対話型の進行にならざるを得ないのと同じだ。

 もう一つの問題点は、クリスが演じるどのマジックも、そのほとんどは、だれかがどこかで演じているマジックと同じということ。言い換えれば、どこかで観たことがあるマジックばかりということになる。
 この部分は、地元最大の日刊紙 「ラスベガス・リビュージャーナル」 のライター、マイク・ウェザーフォード氏も指摘しており、クリスの演目(空中浮遊、瞬間移動、瞬間入れ替わり、人体切断、予言、ハトの出し入れなど)のほとんどすべてが、過去ラスベガスで活躍していたマジシャン、たとえばランス・バートン、リック・トーマス、スティーブ・ワイリック、そして現在でいえばネイサン・バートンなどが演じてきたものとまったく同じとしている。
 ただこれも、他のマジシャンにもいえるやむを得ない部分であり、ウェザーフォード氏自身も 「仕方がないこと」 と擁護を忘れていない。なぜなら、マジックを考案した者からそれを買ってきて演じるのがマジシャンの役目であり(考案者とマジシャンが同一の場合もあるが)、現代のマジック業界においては、考案と演出が完全に分業制になっているからだ。自分で開発したマジックだけを演じているマジシャンなど皆無に近い。

クリス・エンジェル  そう考えると、マジックショーというものは、そのマジシャンの個性で差別化するしかないのが現状で、それがゆえにタキシードを着たマジシャンもいれば、Tシャツとジーンズというマジシャンもいて、同様に、古典的な静かなBGMの中で演じるマジシャンもいれば、激しいロックのような曲をかけながらやる者もいる。(右の写真は劇場脇のギフトショップで売られている手品キット)
 そんな中でも、個性をうまく出しきれず差別化に失敗、つまりマジックではなくマジシャンそのものが「だれかに似ている」 といわれてしまう者も少なからず存在しているわけで、そう考えるとクリスはカリスマ性が非常に高く、マジックそのものがだれかのものと似てしまっているかどうかなど、あまり重要な要素ではないのかもしれない。そして Believe の失敗の理由も見えてきそうだ。
 クリスのカリスマ性に期待して Believe の会場に足を運んだファンたちにとっては、シルクとのコラボによりトークも少なく個性が押しつぶされたクリスなど、まったくダメということになる。
 そういう意味では Mindfreak LIVE! はクリスのカリスマ性が思う存分発揮されており、Believe よりも遥かに改善されているばかりか、他のマジックショーとの差別化にも成功しているといってよいのではないか。

クリス・エンジェル  というわけで、クリスのファン以外で、このショーを観るべきかどうかで悩んでいる人は、マジック自体は他のショーと同様なものが大部分ではあるが、かなり特徴的な演出になっているということを理解した上で、そういった部分に興味があれば観に行ってもガッカリすることはないはずだ。
 ちなみにその 「特徴的な演出」 という部分の説明はむずかしいが、若者向けと考えるとわかりやすいかもしれない。まちがっても、タキシードを着たマジシャンが演じるような古典的な雰囲気のショーを期待してはいけない。
 もちろんクリスのファンにとっては必見のショーであることはいうまでもなく、またショーそのもののみならず、劇場へ通じる通路や劇場ロビーには、一世紀も前の伝説のマジシャンとして知られるフーディーニやクリスにゆかりのあるヴィンテージ・オートバイ (写真右上) が12台展示されているなど、これら展示物を見るだけでもファンとしては行く価値があるだろう。
 開演は水曜日から日曜日の 7:00pm と 9:30pm、月曜日と火曜日は休演。会場はルクソールホテルのカジノフロア内にあるクリス・エンジェル・シアター。チケット料金は $64 〜$196、同ホテルの公式サイトで買うことが可能。

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