週刊ラスベガスニュース バックナンバー   2012年 11月 28日号
アーティスト AIKO の作品で飾られた、ちょいわるダイニング
AIKO at Rattlecan  先々週、ベネチアンホテルの前庭の広場に面した一等地に、ストリート系の前衛ポップ・カルチャーをテーマにしたレストラン & バー 「Rattlecan」 がオープンした。 (写真右、クリックで拡大)
 ハンバーガーを中心としたカジュアルなメニューと世界各国のビールがこの店のウリとなっているため、料理のジャンル的にはグルメ族が興味をひくようなものは特に見当たらないが、店内の雰囲気が特徴的で、「Sin City (罪の街) と称されるこの街にピッタリ」 (地元メディア) と、各方面から大いに注目されている。

AIKO at Rattlecan  右上の写真は屋外に面したテラス席のセクション。この部分だけを見ている限り、ヨーロッパの街角といった感じの上品なダイニングで、レストランの雰囲気としては極めて優等生だ。
 ところが、室内のセクションに一歩足を踏み入れると、なにやらそこはアウトロー的な雰囲気で満たされた、ちょいワルの空間。
 入口の受付台からフロア、壁、天井、そしてトイレの中まで、すべてが過激なグラフィティ (落書き) 系アートで埋め尽くされており、その優等生から不良への落差こそが、この店のおもしろいところであり、真骨頂といってよいのではないか。

AIKO at Rattlecan  どちらのセクションで食事を楽しむかはもちろん客の自由だが、ここは当然、室内のその怪しげな雰囲気のなかで楽しむべきだろう。
 ちなみに右上の写真は男子トイレの個室内の様子。便器のサイズと比べると、大胆なアートの大きさがうかがえる。右の写真はバーカウンター。足元の壁にタイルのように貼り付けられているものはスケートボードの一片だ。この他にも店内には数々のポップアートが飾られている。

AIKO at Rattlecan  さて今回注目したいのは、この店そのものではない。ニューヨークを拠点に活躍している日本人アーティスト AIKO だ。(写真右。開業前の先月、準備のため同店を訪れた際に撮影)
 ニューヨーク、ソーホー地区の東端にある 「ストリート・グラフィティーの聖地」 と言っても過言ではない伝説の壁 "Bowery Mural Wall" に作品を描くことが許された新進気鋭のアーティストで、実際に今年の 7月から 10月まで、彼女の作品がその壁に描かれていた。(写真右下。写真内の人物は彼女自身)

AIKO at Rattlecan  その伝説の壁は、あのウォール街からわずか 2km ほどのところにある交通量の多い大きな交差点に位置しており、何十万、何百万という人の目に止まることからアーティストたちにとっては夢のような場所とされる。
 現在この壁は原則として約4ヶ月ごとに作品が入れ替わることになっており、すでに彼女の作品の展示期間は先月終了してしまったが、なんと彼女は 「ここに絵を描いた初の女性アーティスト」 という金字塔を打ち立てたから驚きだ。それほどグラフィティー (落書き芸術) の世界は男性に支配されていたということがうかがえるが、とにかくこの快挙は日本人として素直に喜びたい。

AIKO at Rattlecan  話はニューヨークからベガスに戻るが、今回オープンした Rattlecan のインテリアは、AIKO を含む 4人の前衛芸術家が手がけることになり、彼女はその中でも最も中心的な役割を果たすことに。
 そして彼女が担当した部分は、一番目立つメインダイニングの天井近くの壁。(右の写真がその壁で、作品の中に彼女の名前を見ることができる)
 さらに床やテーブルにも彼女のアートが施され、店内に置かれたテレビゲームの筐体のデザイン、そしてトイレの洗面台の脇にも独創的な作品が飾られるなど、まるで彼女の個展会場のような様相だ。
 ニューヨークでの快挙も立派だが、世界に冠たる目抜き通り ザ・ストリップの一等地でこれだけの存在感を示すことに成功した AIKO とは、はたしてどのような人物なのか、実際に会って話を聞いてみた。

AIKO at Rattlecan  グラフィティー、アウトロー、アンダーグラウンド、マイノリティー文化、ブルックリン、ソーホーなどなど、事前に調べて得た情報では、かなり大胆かつ過激な前衛アーティストのような印象で、さぞかし一風変わったあくが強い人物かと思いきや、実際に会って話してみると、その語り口などは至って普通の上品な女性だった。
 見かけや第一印象だけでなく、酒もタバコも一切やらず、毎日ジムに通いヨガやランニングに励んでいるというから実生活においてもかなり真面目なアーティストであることは間違いなさそうだが、そんな彼女のどこからあのような前衛的な作品が生まれてくるのだろうか。
 彼女いわく、日本で生まれて日本で育ち、日本の大学で芸術を学びニューヨークへ渡ったので、現在はアメリカのポップカルチャーの世界に身を置いているものの、心の原点は日本にあり、常に日本人であることと女性であることを意識した作品に心がけているという。ただ、ストリート・グラフィティーのようなアウトローとかアングラとか称される分野の前衛的なアートに心を奪われたのはもちろんニューヨークで、そういう意味ではブルックリンやソーホーが彼女の現在の作風の原点になっているようだ。

AIKO at Rattlecan  このページで彼女を紹介する際の肩書きに関して、「アウトロー系ポップアーティスト」 とすべきなのか、それともセクシャル系とすべきか、はたまたアングラ系か風刺系か、いろいろな言葉を並べてみたが、すべてきっぱり否定されてしまった。(右の写真は男子トイレの洗面台)
 理由は、アウトロー系だのアングラ系など、分野には特にこだわっていないから、とのこと。
 彼女によると作品は、その時その時の異なる心理状態が常に反映されてくるもので、それがゆえに、分野を決めつけてしまうことは、望むところではないらしい。
 結局彼女の肩書きは、「グラフィックを使ってインドアやアウトドアで表現活動しているニューヨーク在住のポップアーティスト」 ということに落ち着いた。

AIKO at Rattlecan  セクシーな女性を描いた作品が多くなってしまっていることに対しては、日本人であることと女性を意識しているがためのたまたまの結果だという。特に、東北の震災以降は無意識のうちに日本への思いが強くなりがちで、浮世絵のようなスタイルのアートを描きたくなってしまうことが多く、結果的に、ニューヨークの壁画も今回のベガスもそんな要素が全面に出ているとのこと。
 ちなみに今回この店の壁に描いた作品 (写真右上) は、当地ラスベガスに合わせ、ショーガールを意識したらしい。
 「なにゆえベガスにパンダ?」 と突っ込んだところ、「パンダが好きなんです」 と、なんとも女性らしい返答が。アウトローやアングラのイメージが強いこの分野のアーティストが可愛らしい側面を見せてくれると、なぜかどこかほっとする。

AIKO at Rattlecan  ニューヨークを拠点にしている彼女に、ラスベガスに対する印象や思いを自由に語ってもらったところ (右の写真は対談のあとベネチアンホテルのカジノで撮影)、ちょいワルという雰囲気のみならず、空間の広さという部分でも大いに興味があるとのこと。ストリート・グラフィティー系が多い彼女の作品は、ニューヨークの壁画に代表されるように、サイズ的に大きくなりがちで、広大な砂漠の中で成長を続けるラスベガスはスペース的にゆったりしており、彼女の作品に向いているらしい。

AIKO at Rattlecan  また人脈的にも今回の仕事をきっかけにラスベガスを含む西海岸にも目を向けるようになったというから、ベガスに住む者としてはうれしい限りだ。
 Rattlecan のデザインを総合監修したロサンゼルス在住の空間アーティスト Antonio Ballatore 氏 (写真右) が、AIKO の作品に惚れて声をかけたことが、今回の彼女のベガスデビューのきっかけとなったという。
 AIKO 自身、すでにロサンゼルスでも仕事をした経験があるようだが、これを機会に今後もっと西海岸にも目を向けるとのことなので、第二、第三の Rattlecan のような場所がベガスに誕生する可能性も出てきた。もし本当にそのようなことになったら、Sin City らしくもっと過激な描写でさらに目立ってもらいたい。

AIKO at Rattlecan  ニューヨークの壁画、そしてベガスでの華々しいデビューと、トントン拍子で成功の道を歩んでいるかのように見える彼女にも葛藤のようなものがあるようだ。それはマイナーな舞台からメジャーな舞台へと居場所が変わっていくことへの環境の変化や仲間たちへの思いなどで、そんな複雑な心境を今回の取材の最後に語ってくれた。
 決して短くはなかった下積み時代の原点は貧しいアーティストたちが集まるアングラな世界。そこには、彼女が世話になった仲間たちがまだたくさんいる。
 もちろん彼女自身、メジャーな舞台に進出できたことを喜んでいないわけではない。それでも、アングラとかマイナーと呼ばれる世界こそが、人種的にも性別的にもマイノリティーだった彼女を受け入れてくれる環境にあったことを彼女は十分理解しており、そこから少しずつ離れメジャーな世界へ進んでいくことに、どこか寂しさのようなものを感じているようだ。
AIKO at Rattlecan  またそれと同時に、彼女自身の作風の原点であるそのようなアングラの世界と、ラスベガスの高級カジノホテル内のレストランというメジャーな舞台は、アーティストとしての矛盾を含んでいる可能性があるという。
 なぜなら、今回のレストランはカジュアル系とはいえ、料金的には一人 30ドルも 40ドルも払ってハンバーガーを食べに行く場所で、彼女を育ててくれた世界に生きる階層の人たちや、彼女の作品を本当に喜んでくれる人たちが利用できる店ではないからだ。
 本当に見たいと思っている人たちに見てもらうことができず、あまり興味が無い人たちばかりが見ることになりかねない今回のメジャーデビュー、素直にうれしい気持ちはある反面、こんな高い料金を取っていいのだろうかと、どこか複雑な心境になるという。
 それがゆえに、今後もし成功し、仮に今以上にメジャーな世界に軸足を移さざるを得ないことになったとしても、時間が許す限り、自身の原点となったマイナーな世界と接する機会を作り、ボランティアみたいなことも積極的にしていきたい、それが彼女なりの流儀だと熱く語ってくれた。今後の益々の活躍と成功を祈りたい。

 AIKO の公式サイト → www.ladyaiko.com

AIKO at Rattlecan  最後にハンバーガーのことにふれておくと、数種類食べてみた限りでは、どれもなかなか良い味を出していた。
 ただ、焼き方を聞かれずに出てきたハンバーガーがかなりのレアだったのは、たまたまレアが好きな者がたくさんいたので大歓迎だったものの、ひき肉の生を好まない人が多くいることを考えるとこれはまずい。単なるウエイトレスのうっかりミスであればいいが、そうでなければ大きな問題だ。
 値段的には、彼女が気にしていた通り、多くのハンバーガーは 15ドル以上、それにビールなどの飲み物もほとんどが 5ドル以上なので、税金とチップを入れるとすぐに一人 30ドル前後にはなってしまう。ジャンル的にはカジュアルかもしれないが、ハンバーガーにそれだけの値段という意味では決してカジュアルではないかもしれない。
 それでも行って後悔するような店ではないので、ハンバーガー、そしてポップカルチャーに興味がある人は、ぜひ足を運んでみていただきたい。
 場所は、ストリップ大通り側から見て、同ホテルの前庭にあるベニスの水路のゴンドラ乗り場よりもさら左の奥の突き当り。カジノ内からも行く事が可能。



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