週刊ラスベガスニュース バックナンバー   2010年 01月 06日号
2010年のラスベガス経済を左右するモスボールの動向
 「モスボール」(mothball) とは、タンス内の衣類などを虫から守る防虫剤のこと。(写真右)
 この単語が最近のラスベガスの経済ニュースなどにしばしば登場するからおもしろい。はたして何のことか。
 今週はこのモスボールを中心に、今年のラスベガスのホテル業界を占ってみた。

 じつはモスボールにはもうひとつ別の意味がある。しまい込んだり、棚上げにしたり、お蔵入りにしたりすること。もちろんラスベガスだけの言葉ではなく広く一般に定着している英単語で、動詞として使われることが多い。
 ちなみに、ニュアンスとしてのその 「しまい込み期間」 はかなり長く、数ヶ月程度の短期間の棚上げにこのモスボールを使うことは少ない。つまり、出番のめどがまったく立たず長期に渡るお蔵入りがモスボールだ。
 一方、対象物のサイズや規模の大小は問わない。したがって、個人がテレフォンショッピングなどで衝動買いした運動器具をほとんど使わずに押入れにしまい込むのもモスボール、八ッ場ダムのような巨大プロジェクトの無期延期もモスボールだ。

 今ラスベガスの経済界ではこのモスボールが流行語のごとく自虐的に使われている。新規プロジェクトや建設工事の棚上げなどに対してだ。もちろん原因は世界同時不況。
(右の写真は、かろうじてモスボールにならずに先月なんとか開業にこぎつけた大型複合施設 「シティーセンター」内のカジノホテル 「アリア」 )

 リーマンショック以降、建設にからむモスボールの急増はドバイを筆頭にどこの都市にも多かれ少なかれ見られる世界的な傾向だが、やはりラスベガスは建設ラッシュに沸いていただけにその数は非常に多い。
 形態もさまざまで、たとえば大々的にプロジェクトを発表したものの計画自体が頓挫しモスボールになってしまった広大な空き地、工事を始めたものの途中で打ち切られてしまった建設現場、完成間近に資金難で倒産した巨大ホテル、そして完成しても営業を開始することができない新館棟などもモスボールだ。
 地域や業種もいろいろで、ホテル街にとどまらず郊外の住宅開発やオフィス不動産、商業施設、ゴルフコースなどにもモスボールはある。さらには都市そのものがモスボールになってしまった悲惨な例もある。ラスベガスから北に車で1時間弱の場所にある 「コヨーテスプリングス」 がその典型で、当初の計画では砂漠の中にゴルフコース10ヵ所、数千戸の住宅、ショッピング施設、学校、病院などを造る予定だったが、ゴルフコースが1ヵ所開業しただけで、他は何ひとつ完成していない。

 そんな数あるモスボールの中から、一般観光客と無縁ではないホテル街のモスボールを以下に列挙してみた。はたしてこの中のどれとどれがお蔵入りから出てくることができるのか。出てきてほしい反面、客室の需給バランスに大きく影響を及ぼす大型プロジェクトの場合、出てくることが既存ホテルの経営をさらに悪化させる可能性もあり、その功罪を推測することは非常にむずかしい。いずれにせよ、今後の宿泊料金の相場や客室稼働率はもちろんのこと、失業率や税収などラスベガス全体の経済もこれらモスボールの動向にかかっていることはまちがいなく、業界関係者などはそれら動きを注意深く見守る必要がありそうだ。

シーザーズパレスの新館 Octavius Tower
 工事などの作業としては、モスボールから最も簡単に抜け出せる位置にあるのがこの Octavius Tower (写真内の中央の建物、660部屋)。
 建物自体は半年前に完成しているが、客室需要の低迷を理由に内装工事などを中断し、そのままモスボール状態に突入している。景気の回復が確認できれば年内の開業の可能性も十分にあるが、現時点では開業予定日などは発表されていない。

ハーモンホテル
 大型複合施設 「シティーセンター」内で最も不確定要素が多い物件 (右端の青い建物)。
 本来であればすでに完成し開業しているはずだが、建設途中において鉄筋コンクリート部分の強度不足という重大な施工ミスが発覚し、結局、当初の予定だった49階建の約半分の高さで工事を打ち切ることで建築当局から許可を得ている。
 シーザーズパレスの新館と同様、建物自体は完成しているものの、このホテルを運営することになっている企業の経営状況やホテル市場が不安定なため、現在は事実上、モスボール状態にあるといっていい。シティーセンターを所有する MGM Mirage 社は年内の開業に意欲を見せているが、景気の大幅な改善が見られない限り開業は無理とする業界関係者は少なくない。

コスモポリタン
 ホテル、コンドミニアム、カジノ、ショッピングモールなどで形成される大型プロジェクトだったが、デベロッパー自体が世界同時不況であえなく倒産。
 債権者のドイツ銀行が引き取る形で現在所有しているが、経営ノウハウ的にもライセンス的にも銀行がカジノホテルを運営することは非現実的で、現在は買い手を探している状況。
 ほぼ完成しているので工事としては年内の開業に間に合うが、買い手が現れるかどうかの問題以外に採算性という課題もあり、年内の開業は困難と見られている。

フォンテンブロー
 コスモポリタン同様、デベロッパーが倒産したため昨年6月からモスボール状態に。
 債権者の銀行団の中には三井住友銀行も名を連ねている。まもなく入札により買い手が決まる予定だが、買い手がすぐに工事を再開するかどうかは別問題で、前途はまったく見えていない。
 写真の通り、まだ屋上にクレーンが残されているが、骨格などはほぼ完成している。しかしながら、開業するためには内装のほかにも地上部分などに数多くの工事が残されており、今すぐに工事を再開したとしても年内の開業はむずかしいとされる。

エシェロン
 元スターダストホテルの跡地で進められていた大型複合施設。シティーセンターに次ぐビッグプロジェクトとして期待されていたが、サブプライム不況が深刻化した段階でリーマンショックの直前に建設を中断。現場はすでに1年半も雨ざらし状態にある。放置されたクレーンなどのダメージが心配されるが、他の工事現場でのクレーンの需要もないため引き続きこの状態が続く模様。中断を決めた際、工事の再開時期は 「約1年後」 とされたが、先日、「最低でもあと3年」 と正式発表された。規模的にも期間的にも視覚的にもラスベガスを代表する大型モスボールといってよい。

プラザホテル
 元ニューフロンティアホテルの跡地。3500部屋規模のプラザホテルが建設される予定だったが、着工のタイミングを逸し、現在は土地自体がモスボールと化している。
 ちなみに 「プラザホテル」 とは、ラスベガスのダウンタウンにあるプラザホテルではなく、ニューヨークのプラザホテルのこと。1985年9月にそこで開かれたG5(先進5ヵ国蔵相会議) での歴史的なドル安政策の合意がこのホテルの名にちなんで 「プラザ合意」 と名付けられたことはあまりにも有名。
 そんな名門ホテルのラスベガス版が建設されると決まり、一時は大いに盛り上がると同時に、ダウンタウンのプラザホテルとの間で名称使用権の法廷論争にまで発展したりしたが、今では計画の頓挫でその論争もすっかり鳴りをひそめている。
 なお、この空き地は、高級ホテルを自称するウィンラスベガスの目の前にあり、ウィンにとっては景観が悪くイメージダウンにつながるとのことで、プラザホテル側にクレームを付けている。大きな植木を置いたりしているが、この空き地全体を視界から消すまでには至っていない。写真中央奥の金色の高層ビルはトランプインターナショナルホテル。

セントレジス
 パラッツォホテル (右写真の一番大きな建物) を所有するラスベガスサンズ社が、スターウッド・グループと提携し、同グループの最高級ホテルブランド 「セントレジス」 の名を冠したコンドミニアムを計画。さっそくパラッツォに隣接する土地で着工したものの、リーマンショックであえなく中断。写真の通り、クレーンが天高く伸びた状態のままですでに1年以上もモスボール状態が続いている。
 建設の中断を決定した当時はサンズ社自身が倒産の危機にさらされていたが、今は同社が積極投資してきたマカオでのビジネスが回復基調にあり、建設再開の噂も聞かれる。その一方で、ホテルやコンドミニアムの需給バランスの改善が見られない限り、年内の建設再開はあり得ないとする専門家の意見もある。

 ビニオンズ
 モスボールになっているのは、なにも新規のプロジェクトに限ったことではない。既存ホテルも、需要の落ち込みを理由に客室棟の一部もしくは全部をモスボールにし始めている。
 この写真はダウンタウン地区にある老舗カジノホテル・ビニオンズの客室棟で、すでに先月から全館閉鎖されている (カジノは引き続き営業)。その後サハラホテルも部分閉鎖を発表、またリオやその他のホテルでも以前から部分閉鎖は行われている。シティーセンターの開業で客室の供給が増えているため、需要の回復が見られなければ今後さらに追随するホテルが出てくる可能性が高い。



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